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四十二

 神田駿河台に位置する幕府勘定奉行・土屋出雲守の屋敷で繰り広げられた血煙の惨劇から、一夜が明けた。

 昨夜、江戸の町を叩きつけた猛烈な暴風雨が嘘のように払い清められ、空はどこまでも高く青く澄み渡っていた。秋晴れの鮮やかな陽光の下、千代田城——江戸城の巨大な城郭は、白亜の巨鯨が伏したごとき圧倒的な威容をもって静まり返っている。

 大手門をくぐり、三の丸の百人番所を抜けて本丸へと続く緩やかな石畳を踏みしめる一人の男があった。 北町奉行・遠山金四郎景元である。

 秋風が定紋のついた羽織の袖を軽やかに揺らしていたが、金四郎の足取りはまるで鉄の足枷でも嵌められているかのように重く、鈍かった。袖の中で強く握りしめられた両拳は、爪が掌に食い込むほどに力が入っている。

 金四郎の胸を押し潰していたのは、今朝未明、凌庵から送られてきた一通の書状であった。

 文に認められていたのは、ただの報告ではない。地獄の底から吐き出されたような、血と涙の記憶であった。腕に罪人を表す忌まわしい墨印を刻まれ、日陰者として蔑まれながらも、弟子の英助とともに真人間として生き直そうと懸命に喘いでいた乙女、おゆみ。おゆみは新しい暮らしを目の前にしながら、守るべき者——松屋忠兵衛とその家族を自らの身を投げ打って守り、命を落とした。

 そして文は、容赦のない真実を語っていた。おゆみの人生を狂わせた刺青、其れを秘密裏に彫るむごい私刑を行った一味の中に自身の配下がいた事。そして喜左衛門によって懐柔され、奉行所の役人が手を貸したという戦慄すべき事実。そして何より——医者として持てる限りの術を尽くしながら、 おゆみの命を救えなかった凌庵自身の、断腸の思いと静かな憤怒。

 (あたし・・・これで……まっとうな乙女になれたかな……)

 凌庵の文の余白から、おゆみの最期の言葉が木霊のように聞こえてくるようであった。 命をかけて真人間であろうとした乙女の命を、権力と欲望に塗れた悪党どもが虫ケラのように踏みにじったのだ。そして、その悪の手先の中に、己が奉行所で信じていた配下がいたという恥辱。

 (おゆみ・・・凌庵・・・・。お前たちが命をかけ、血を流して暴き出したこの闇・・・決して、 決してここで立ち消えにはさせぬ。この遠山左衛門尉が、白日の下に引きずり出し、引導を渡してや る・・・!)

 金四郎は胸中でそう固く誓い、重い足取りで御用部屋の重厚な唐戸へと向かった。

 

 江戸城・本丸奥深くに位置する老中詰所「御用部屋」。 障子を隔てた広間には、焚かれた線香の重苦しい香りが漂い、息を詰まらせるような緊張感が沈殿していた。

 上座には、天保の改革を推し進める老中首座の水野越前守忠邦が冷徹な眼光をたたえて鎮座している。その脇には勝手方老中、若年寄、そして勘定奉行・跡部良弼ら幕府の中枢を握る重臣たちがズラリと居並んでいた。

 その居並ぶ威圧感の前で、金四郎は一重の畳の上に深々と額を擦り付け、平伏した。

 「遠山!奉行としての其方の目は節穴かッ!」

 静寂を切り裂いて怒号を上げたのは、水野忠邦の異母弟であり、権勢を誇る勘定奉行・跡部良弼であった。良弼の顔は激怒と、それを上回る恥辱と焦燥によって赤黒く引きつっている。

 「配下の北町与力ならびに同心が、悪徳商人と結託し、毒殺事件の揉み消しに手貸ししていたばかりか、かつて御法度の私刑にまで加担していたという不始末! おまけに昨夜は勘定奉行・土屋出雲守様の屋敷の周りで惨劇が起き、出雲守様は急死を遂げられた! このような大不祥事、奉行としてどう責任を取るつもりだ!?」

 畳を力任せに叩く良弼の拳が震えていた。 良弼の激昂は、表向きは公儀の威信を思ってのものに 見えたが、金四郎にはその内実が透けて見えていた。

 死んだ土屋出雲守は、まさにこの跡部良弼を勘定奉行の座から引きずり下ろし、自らが幕政の中枢へ躍り出ようと画策していた張本人である。土屋の陰謀が破綻したことは良弼にとって命拾いであったが、同時に水野派の管轄内からそのような叛逆者を出しかけたという事実は、兄・忠邦の面目を丸潰れにするものであった。

 良弼の怒りは、兄や幕府を思うものではない。危うく自分が権力の座から転落しかけたことに対する、醜い自己保身の怒りであった。

 「お言葉、深く身に沁みて恐れ入ります。」

 金四郎は畳に額をつけたまま、静かに、しかし引き締まった声で応じた。

 「配下の不始末、すべては奉行である私自身の不徳と不覚の致すところ。いかなるお咎めも謹んでお受けいたします。」

 「言い逃れを申すな!遠山、其方の不始末は単なる職務怠慢にとどまらぬ。公儀の威信を根底から揺るがす大罪である!直ちに役職を免じ、上様のお裁きを仰がれよ!」

 跡部良弼がさらに追及を強めようと身を乗り出した、その時である。

 「能登、御平らに・・・。」

 低く、だが逆らいがたい重圧を孕んだ声が響いた。老中首座・水野忠邦である。 忠邦は細い目をさらに細め、冷ややかな一瞥を弟である良弼へ向けた。

 「土屋出雲守の件は、高麗屋喜左衛門との乱脈なる金銭授受、並びに幕閣を揺るがそうとした企てが発覚した末の自滅。表向きは急死として処理を進めておる。これ以上、この件を無暗に穿り返せば、勘定奉行所の管理不行き届きまで公に晒すことになろう・・・。延いては勘定方全体にまで累が及ぶぞ・・・。」

 「ぐ・・・。」

 良弼が言葉を詰まらせ、苦虫を噛み潰したような顔で身を引いた。忠邦は鋭い眼光を金四郎へと戻した。

 「・・・遠山。」

 「ははっ。」

 「其方の配下が犯した不祥事、本来であれば町奉行の職を免じ、謹慎を命じても過分ではない。だが・・・土屋出雲守の急死、ならびに高麗屋が関与した一連の相場操縦と毒殺疑惑・・・・これらを闇に葬り去るわけにはいかん。土屋の死は病死として処理するが、捕縛された下種どもと、奉行所の面汚しどもについては、速やかに処断せねば幕府の威信に関わる。」

 水野の言葉には、冷徹な政治的決着の意図が滲み出ていた。土屋の死を病死とすることで幕府首脳部の醜聞を覆い隠しつつ、弟・良弼の落ち度が表沙汰になるのを防ぐ手打ちであった。

 「遠山左衛門尉・・・此度の不始末に関しては『訓告』にとどめる。ただちに奉行所へ戻り、捕縛された者どもの取調べを済ませ、しかるべき御白州にて裁きを下せ。よいな。」

 「謹んで上意、承りました。」

 金四郎は深々と拝礼した。

 訓告——表向きは軽い処分に見えるが、これが幕府という巨大な官僚組織が自らを護るために叩き出した妥協点であった。しかし、金四郎にとってそれは好都合でもあった。己の手で、公の白洲において悪党どもの罪状をすべて叩き潰す権限が残されたのだ。

 老中詰所を辞し、暗い木目が続く御殿廊下を進む金四郎の前に、ぬっと一筋の影が立ち塞がった。蛇を思わせる粘りつくような視線。細い目に冷酷な笑みを浮かべた男——南町奉行・鳥居耀蔵である。市井において「蝮の耀蔵」「妖怪」と恐れられる、金四郎の最大の政敵であった。

 「これはこれは・・・、遠山殿。老中様方から手酷くお叱りを受けた御様子、さぞや骨身にしみた事でしょうなあ。」

 耀蔵は慇懃無礼に頭を下げると、じっくりと金四郎の顔を覗き込んできた。その声には同情を装いつつも、隠しきれない悔しさと苛立ちが混じり合っている。

 「身内の与力と同心が毒殺犯と裏で繋がり、挙句に勘定奉行の屋敷の周りでおぞましい暗闘が繰り広げられておったとは・・・。町奉行としての其方の怠慢、誠に同情に堪えませぬ。いやはや、私共南町も今少し取り締まりに力を入れておれば、其方にそのような醜態を曝させずに済んだものを。重々、口惜しい限りでござる。」

 (何を口幅ったいことを言いやがる。口惜しいのはテメエ自身だろう)

 金四郎は心の中で冷笑した。 耀蔵が真に口惜しがっているのは、奉行所の不祥事そのものではない。この大不祥事を利用して金四郎の首を飛ばし、南町奉行所主導で江戸の取締権限を独占する絶好の機会を逃したことなのだ。水野忠邦が身内の恥を隠すために「訓告」で素早く手打ちにしてしまったため、耀蔵は追撃の足がかりを奪われたのである。

 (もっと早く・・・あと半日早くこの不祥事の確証を掴んでいれば、遠山めを老中の前で完全に叩き潰し、北町も南町もこの鳥居の手に収めることができたものを・・・!)

 耀蔵の胸中で黒い狂熱が渦巻いていた。自らの思惑が外れた悔しさが、その険しい表情から隠しきれずに漏れ出している。

 「鳥居殿。」

 金四郎は背筋を正し、耀蔵の冷ややかな視線を真っ向から受け止めた。

 「お気遣い、痛み入ります。ですが、奉行所の膿は我が手で切り落とすのが筋というもの。南町の手を煩わせるまでもなく、これより御白州にて、すべてを解き明かしてみせますゆえ・・・どうぞご安心くだされ。」

 「ふっ・・・すべてを解き明かす、とな?」

 耀蔵の目がギロリと細くなった。

 「どのような御裁きを下すかは存ぜぬが・・・あまり仏心を持ち過ぎては悪人をのさばらせるだけですぞ? 市井無頼の者達が図に乗らぬ様、取り締まりを強めた方が・・・。」

 「鳥居殿・・・悪を裁くのは結構でございますが、あまり網を広げすぎると獲物が掛かりすぎ、その重みで自らの船を沈めることになりかねませんぞ。何事も『程々』が肝要かと・・・。これは、水野様の改革も同じ・・・・」

 「ほお・・・では貴殿の網はどのような?」

 「極々微小、なれども泥水に咲く一輪の花を踏みにじった悪党を、一匹たりとも逃す気はございませぬゆえ。」

 金四郎の毅然とした一言に、耀蔵の頬がピクリと引きつった。金四郎は静かに一礼すると、耀蔵の横を通り抜けて歩み去った。

 耀蔵は去りゆく金四郎の背中を、呪詛のこもった眼光で見つめ続けていた。

 

 渡り廊下の角を曲がったところで、金四郎は再び呼び止められた。

 「遠山殿、これへ・・・。」

 声をかけたのは、将軍側近として老中との間を取り次ぐ御用取次・本郷丹後守であった。奥向きを支配する御意見番であり、丹後守の表情は真剣そのものであった。

 「上様がお待ちじゃ。直ちにお奥へ。」

 遠く廊下の先から、その様子を窺っていた鳥居耀蔵の目が怪しく光った。

 (ふん・・・御老中からは訓告で済んでも、上様からの直接のお叱りは免れまい・・・。上様は無駄な混乱を何よりも嫌われる。遠山め、せいぜい上様の前で平伏し、不手際を責め立てられるがいい・・・)

 耀蔵は満足げな笑みを浮かべると、そっとその場を離れていった。

 一方、丹後守に導かれて奥深い静寂に包まれた「上段の間」に入った金四郎は、そこに漂うただならぬ気配に息をのんだ。 障子の向こう、淡い光が差し込む上座に、十二代将軍・徳川家慶が一人、静かに佇んでいた。

 金四郎は畳に伏し、平伏した。

 「北町奉行・遠山左衛門尉景元、拝謁いたします。この度の奉行所配下の不祥事、ならびに市井を騒がせました大罪、どのようなお咎めも受ける覚悟にございます・・・!」

 部屋には長い静寂が横たわった。家慶は手に持った扇子をパシンと鳴らすと、遠くを見つめるような穏やかな声で口を開いた。

 「景元よ・・・、天竜堂の・・・凌庵の様子はどうだ?」

 予想だにしなかった将軍の言葉に、金四郎は思わず顔を上げた。

 「若・・・、凌庵は持てる医術の限りを尽くしましたが、傷ついた女子の命を救うことができず、ただ無念に打ち震えておりました。」

 「左様か・・・。」

 家慶は深く息を吐き、痛ましそうに目を閉じた。

 「彼奴の腕をもってしても救えぬ命があったか・・・。医術を尽くしながら、目前で命が零れ落ち てゆくのを見るのは、さぞや身を切られるような苦痛であったろうな・・・。」

 家慶の声には、一国の主としての権威ではなく、市井の民の苦しみに心を寄せる深い慈愛と同情が 籠もっていた。すべてを捨て市井に飛び立った一匹の龍——御家の為に高貴な血筋を捨てながら、悪人の存在に怒り狂い再び刀を取る羽目になった異母弟・凌庵に対する、肉親としての侘びも込められていた。

 「景元よ。」

 家慶はゆっくりと金四郎に視線を向けた。

 「世の仕組みというものは、一見完璧に見えるものほどどこかに深いほころびが生じているものだ。幕閣の権力闘争、金に目が眩んだ商人、そして不条理な世の毒に蝕まれる弱き民・・・。其方は奉行として、それらすべての歪みを目の当たりにしてきたはずだ。」

 「ははっ、正しく・・・・。」

 「裁く者が私情に流されてはならぬ。だが・・・市井の者たちが流した無念の涙を拾い上げ、正しき道を示すことこそが、奉行たる其方と余の勤めではないのか?」

 家慶の瞳には、一切の迷いのない澄み切った光が宿っていた。『そうせい様』と陰口を叩かれ、老中たちの言いなりであるかのように装っている将軍の、これが真の度量であり、秘められた意思であった。

 「過ちを犯した者は裁かねばならぬ。だが、その裏にある真実を曖昧にしてはならん。景元・・・これからは一層心掛けよ。増して・・・・悪人どもの裁き、良しなにいたせ。」

 それは、単なるお咎めなしの言葉ではなかった。天下の最高権力者である将軍自らが、遠山金四郎に対し、「お白州にていかなる悪党をも容赦なく叩き潰せ」という暗黙の全権委任を与えた瞬間に他ならなかった。

 金四郎の目から熱いものが溢れ出そうになった。金四郎は再び深く頭を下げ、声の限りを押し殺して答えた。

 「・・・御意!遠山左衛門尉、命に代えましても御上のお心に添い、見事なお裁きを執り行って見 せまする!」

 金四郎が深く拝礼して御前を下がった後、本郷丹後守が静かに部屋の隅へ戻ってきた。

 そこへ、すれ違いざまに様子を探っていた耀蔵が、待ちきれぬ様子で足早に近づいてきた。耀蔵の顔には期待と不吉な笑みが入り交じっている。

 「丹後守殿。上様のお叱りは、さぞや厳しいものであったでしょうな。遠山殿の不始末に対し、上 様は何とおっしゃられた?」

 丹後守は耀蔵の嫌味な探りに表情ひとつ変えず、淡々と答えた。

 「わたくしが老中方のお取次ぎをし、不祥事のあらましと処理につきご報告いたしましたところ、 上様はただ一言、『そうせい』とだけ仰せになりました。」

 「そうせい・・・?」

 耀蔵の動きが止まった。

 「左様でございます。『老中たちの決めた通りにせよ』・・・ただそれだけでございます。遠山殿に対しても、特別なお咎めのご指示はございませんでした。」

 「・・・そうせい・・・・か。」

 耀蔵は吐き捨てるように呟いた。その顔からは期待していた笑みが瞬時に消え去り、苦虫を噛み潰 したような、おぞましい不機嫌さが広がっていった。

 (あの飾り物目が・・・相変わらず何も考えずに『そうせい』と言いおって! 遠山を処分する絶 好の機会であったものを・・・・!)

 耀蔵は丹後守に一礼することもなく、黒い羽織を激しくひるがえして立ち去った。丹後守はその背中を冷ややかな目で見送りながら、心の中で密かに呟いていた。

 (鳥居殿・・・貴殿には解るまい。上様の『そうせい』という一言の裏に、どれほど深く、温かい真意が込められていたかが・・・・)

  

 大手門を抜けた遠山金四郎は、江戸城の巨大な石垣を背にして立ち止まった。

見上げれば、雲ひとつない澄み切った青空が広がっている。暖かな日光が江戸の町を包み込んでいたが、その光の届かぬ暗闇で散っていった一人の乙女の顔が、金四郎の脳裏に鮮やかに浮かび上がった。

 ――同刻、検死に携わった者として出頭を命ぜられた凌庵の脳裏には、おゆみの力なき声がまだ木霊していた。

 (あたし・・・これで・・・まっとうな乙女になれたかな?)

 「おゆみ、俺がお前さんをまっとうにして見せる。」

 墨印を彫られ、蔑まれ、それでも最後は大切な人々を守るために命を投げ出したおゆみ。そのおゆみを救えずに手を血で染め、暗闇の中で怒りの刃を振るった。

 「いよいよだ・・・。」

 金四郎と凌庵がそれぞれ低く呟き、力強い足取りで奉行所へと向かった。

 北町奉行所、大白州——。

 打ち払われた白砂の上には、重々しい金属音とともに、手鎖をかけられた罪人たちがずらりと引きずり出されていた。

 前列には、おしま殺しの下手人であり、おゆみを蔑み死へと追い詰めた高麗屋の若旦那・喜太郎。凌庵の打ち砕いた鼻柱と顎は酷く腫れ上がり、惨めな姿でガタガタと震えている。その隣には、毒饅頭事件の実行犯である悪徳医師・竹村朴庵、高麗屋の手下・万吉、そしておゆみに惨劇の刃を振るった手先・彦助。

 更に後列には、奉行所の縄目にかかり、顔色を失った北町与力・笠原兵馬と同心・堀本伊三郎が、 評定所預かりの重罪人として手鎖を打たれ、うつむいていた。

 「北町奉行、遠山左衛門尉様ぁ、御出座ァ!!」

 与力の厳かな叫び声とともに、ドォーン、ドォーンと重厚な太鼓の音が大白州に響き渡り、紺地に金糸の刺繍が施された格調高きお裁き服に身を包み、鋭い眼光を爛々と輝かせながら、金四郎はお奉行席の座布団へと重々しく腰を下ろした。その横には、十徳に袴を身に着けた凌庵が同席している。

白州に引きずり出された悪党どもの視線が、一斉にお奉行へと向けられる。

 金四郎は静かに目の前の罪人たちを見下ろし、深く、重い息を吐き出した。その胸中には、おゆみの無念、英助の慟哭、そして凌庵の誓いが、青い炎となって静かに燃え上がっていた。

 「——さてこれより、女金貸しおしま殺害、並びに一連の毒饅頭事件に絡む一件について吟味を致す、一同の者・・・面を上げい!」

 金四郎の烈々たる威厳に満ちた声が大白州に轟き渡り、いよいよ惨劇のすべてを白日の下に晒す、命がけのお裁きが幕を開けた。

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