05 牛さんとこんにちは
目が覚めたら知らない天井……いや、赤ちゃんになってからそんなんばっかだから気にしたらダメだ。
天井は木で、壁は白い石だ。
ここは神殿の中かな? まだ明るいな。お昼寝してたかな?
『おはようさんやな、お嬢ちゃん』
レナードさんよりもさらに渋い声がした。
レナードさんがバリトンだとしたら、今の声はバス。
そして横を見ると、手のひらサイズの牛が片手を挙げて立っていた。
牛の体は黒。瞳が青。頭の横に白い角が生えていて、ぐにょって曲がってる。
ぬいぐるみのように二足歩行だ。でも、ぬいぐるみと違ってきちんと蹄がある。
受け入れられない。
何故に牛? 水関係の動物といえばカエルとか蛇とかじゃないのか?
「うー」
後はこの状態でどう話せと。
『あ、お嬢ちゃん。念話でええよ』
ね、念話? え、何それ。
『考えたことが相手に伝わるやつや。何故に牛?ってやつも聞こえとる』
……すいません。
牛……さんの声が頭に響いている、という感じでもないんだが。
普通に耳に聞こえている感じだと思っていたんだけどな。
大体念話って考えたことがそのまま相手に伝わっちゃうんだと、やり辛くないんだろうか。
『いや、うまなったらちゃんと伝えたいことだけ念話できるようになんねん。』
なるほど。つまり現在は駄々漏れだったということか。
いや、初対面から失礼しました。
『ええ、ええ。牛いうても、わしは水牛や。これで違和感ないか?』
水牛?
なるほど〜。それならまだ理解できるわ。
確かに角が横に生えて上に曲がってる。
「う、う?」
私は寝ている状態から座りなおして、牛さんの角を指差す。
触ってもいいかな〜?
『ええよ〜。先っぽ尖っとるから気ぃつけや』
本当だ。角の先がつんつんしてるー。水の精霊だから触っても水や氷の感触かと思ってたのに。普通に角っぽい。
頭も撫でてみると毛並みの感触がある。つか、暖かいんですけど。え、動物と一緒?
『精霊やかて、あんまり自然とちゃうことしてまうと疲れるんよ。だから実体化しとる時は普通の動物と似とるで』
似てるだけ?
『もちろんちゃうもんや。このサイズの水牛なんておらへんやろ』
まぁねえ。赤ちゃんだから知らないけど、いそうにないなぁ。
『草食動物は素早いかでかいかで身を守るけど、この小ささでとろこいわしは負けるわな』
とろこ……遅いの?
『精霊の力使わんと、ばり遅いで』
ばり……関西弁だっけ? いや、博多?
『カンサイベンってなんや?』
あー。しまった。思ったことが伝わるのって色々まずいな。
とはいえ、感想を閉じ込めることも難しいから内緒にするのも難しいだろうな。
……この牛さんって信用していいんだろうか?
『まだ会ったばかりで信用云々は難しいやろけどな。一応、あんさんが大人の精神持っとるのは知っとるで』
あ、そうか。水の精霊も夢でそう言ってたもんね。
よし、女は度胸だ。腹を割って話しておこう。
いやぁ、実は異世界から来たっぽいんだよ。
『ほうほう。異世界かいな。そらまた難儀なことやな』
牛さんがうんうんと頷いている。驚愕や否定じゃない。つまり同じような存在は沢山いるのか。
前の世界ではどうなったのかわかんないし。
『そら死んどるわ』
え、そんなあっさりと。
私は少なからずショックを受けた。死んだ覚えがないのに死んでるといわれても受け入れがたい。
『いやいや、生きとる人間なんて世界を渡られへん。死んどる魂だけこっちに引っ張ってくんねん』
引っ張るって誰が。
『誰て、神さん』
え、知らないよ。そんな、話もしてないし。
小説とかだと神様に話してもらって、とかあるじゃない。
『小説は小説やろ。神さんと話せる魂なんて普通おらん。
この世界におられんぐらい強い存在になるか、神さんに特別目ぇかけてもらう存在だけや。魂引っ張ってくるぐらいなら、話はせん』
んー。ルーティンワークの一部に魂を引っ張ってこられたようなのか。
『死んだ記憶がないのは、世界を渡った時に擦り切れたんやろう。死ぬ記憶は持たん方がええ。持っとるやつもいるが、トラウマ抱えとったで』
う。確かに痛いか苦しかったんだろう。忘れててよかったと思うかー。
あれ、じゃあ何で一切合財忘れていないの?
『うーん、時々あるらしいけどな。有力説は神さんが消し忘れたってやつや』
おっと、ルーティンワークの上にミスですか。
精神だけこっちに来ていて、用事が終わったら帰れるとかいうのを若干期待していたんだけど。
まあ、帰りたいと切望していたわけでもないし……
うーん、でもうちの親には悪いことしたよなあ。元気でやっているよと言いたくても言えんしなあ。
まあいいや。このことでこれ以上悩んでも仕方ないしな。
『そやそや。今からのこと悩まなあかんのやから、そんなん気にしとかんとき』
今からねえ。
そうだ。今逃げてるとこなんだもんね、確か。
『逃げとんの? 逃げとる途中に神殿観光かいな』
うーん。何か考えがあるんじゃないかな。
『保護者の方にやな。まぁ、その辺はまた神官か巫女に聞きに行ったるわ』
おお、聞きに行けるんだ。すごいすごい。
『水の加護持ちが大人ばかりやないからな。小さい子が加護持ちになってしまった時はわしらみたいなんがフォローするんよ』
フォローか。まぁ赤ちゃんは喋れないし理解できないし力ないしな。
『普通の赤ん坊やったら話もせんと遊び相手やな。親と相談しとくのはする。ある程度大きくなってから色々話すねん』
なるほど。まぁ、便利っちゃあ便利だし、有り難いと思おう。
『便利にするためにも、名前つけてんか』
名無しなのね。まあ、名前をつけるのってよくあるパターンか。
名前。そういや自己紹介まだだったね。アリノーリアだよ。
『アリノーリアやな。アリィでええか?』
うん。レナードさん達もそう呼んでるからそれで。
『レナードっちゅうんが保護者やな。で。わしの名前決めてんか』
牛さんがくるりと回ってポーズをとった。かわええ。
うーん。どうしよう。牛さん。水牛さん。カウさん。
『それ名前ちゃう。種族名や。アリィ、センスないんか?』
う。そ、そんなことないよ!
ポチ、タマ、ラッキー、ウッキー、ウキッキー。
『それサルや』
げんなりした様子の牛さんに悪い気がする。
け、けど、思いつかないよー。
むむむ……
モーさん!
『……鳴き声やろ。もうそれでええわ。珍妙な名前が出てくる前にそれで手を打とうやないか』
諦めたように言われた。私までガックリする。
『まぁ、よろしくアリィ』
牛さんあらためモーさんが小さな手を私の手の上に置く。
よろしくモーさん。
私も反対の手をモーさんの手の上に置いた。
その瞬間、手と手の間から水色の光が生じた。
えっと思う間もなくそれは消えた。
目がくらむわけでもなく、部屋全体が明るくなるわけでもない。
あ、光ったと思うほどささやかな光だけど、明らかに手から出るはずのないものだ。
消えた後とはいえ、驚いて胸の前で自分で自分の手を握り締める。
『ほい。契約終了やな』
モーさんはなんてことないようににっこりと笑った。
何、今の。思わず手をひっこめちゃったよ。
『契約や。これでわしは単なる下位精霊からアリィの守護精霊になった。完全にアリィから魔力をもらって動くようになるから、アリィの魔力が増えると出来ることも増えんで』
おお、説明なしで契約させられて押し売りちっくだったけど、便利そうだ。
てか魔力があるなら魔法があるの?
『あんで』
おお、剣と魔法の世界かぁ。
定番としては、魔物かモンスターが。
『おるよ』
おお、じゃあダンジョンか迷宮か!
『洞穴はあるけど、そんなん知らんな』
おっと、全部フィールド型なのか。ふむふむ。
『なんやテンション上がったな』
水の加護があるってことは、私は魔法使いになって、ババーンと攻撃魔法でモンスターを蹴散らして!
『加護持ちやからて、魔法使いになれるとは限らんで』
なんで!?
モーさんははーっとため息をつき、やれやれだぜーと両手をあげて首を振った。
むかつくけど可愛い。
『ありがとさん。加護持ちっていうのは魔法を使うのとはまた違うねん』
う? どういうことだろう。
『世の中に精霊は色々おる。基本が火、水、風、土の四属性で、木や金属の精霊もおる。精霊がおることで自然が豊かになる』
逆に精霊がいなかったら不毛な土地になるとか?
『正解や。不毛な土地に魔物は住みよる。魔物が精霊を喰うからや。魔物が精霊を喰うから精霊は減るし寄り付かんくなる。けど精霊は数を増やして多くの土地に住みたい』
普通に食物連鎖だね。
『食うか食われるかっちゅうことやな。そこで加護持ちや。加護持ちがおるだけで精霊は強くなる。不毛な土地でも精霊が寄り付くようになるんや』
加護持ちがいるだけで、って加護持ちの魔力を食べて精霊が生きるとかじゃないの?
『今のわしのように人の目にうつるようになるためには、加護持ちの魔力をちょっと使わなあかん。けど精霊が強くなるだけなら、加護持ちのそばにいって魔力を循環させるねん。すると加護持ちの魔力は減らんのに精霊が強くなんねん』
加護っていうか触媒じゃないかなソレ。
まぁいいや。つまり、不毛な土地に行かされると。
『全く不毛な土地とは限らんねん。暑い地方で水不足の村もある』
なるほど。ん? 他の属性の加護持ちはどこに行くの?
『風なら空気が淀んでいる盆地とかやな。土は痩せた土地や枯れた森。火は寒い地方か鍛冶が盛んな町やな』
ははぁ。なるほど。
『加護持ちは四属性しか現れん。何故かはわかっとらんが、まぁ木や金属も土に分類されとると言われとる』
まぁ加護持ちはわかった。魔法って何?
『魔法は別名精霊魔法って呼んだりする。精霊魔法やから精霊に魔力を渡して魔法を使う。精霊にどういう魔法を使うか細かに説明せんとあかん』
ふむ。まあファンタジーの王道ですな。
加護持ちが魔法使いにならない理由は?
『加護持ちに豊富な魔力があると限らんのが一つ。精霊が強くなるのは魔力循環だけやから、少ない魔力でも構わんのよ。魔力が豊富にあっても精霊魔法のセンスがあるかどうかがもう一つ。最後は加護があるが故に他の属性の魔法が使えんのがある』
つまり私は水魔法しか無理なのか。派生から考えて、雷や木とかならいけるってない?
私がモーさんを見つめると、モーさんは嫌そうな顔をしてため息をついた。
『あー、アリィ。魔法使いはやめとけ。な。わしら精霊としては加護持ちには長生きしてもらいたい。魔法使いは魔力をすり減らして早死にが多いんや』
ん? 王道パターンでいくと、魔法を使えば使うほど魔力の量があがるってパターンなんだけどな。
『王道パターンが何かはしらんが、つこても別に魔力の量は増えん。気力も体力も使うしな』
じゃあ魔力を増やす方法とかないの?
『こだわるなぁ。魔力循環をしているうちに加護持ちも少しずつ魔力が増えるよ。わしに魔力を渡してわしがアリィに返す。これだけや』
いいじゃん、モーさんも強くなるならレッツトライ!
魔力を渡す〜。魔力を渡す〜。どうやるの?
『気ぃ早いな。わしと手をつないで自分の腹ん中にあるあったかいもんを送るようにイメージしてみてな』
お腹の中の温かいのー。温かいのー。
モーさんの手をつかむ。
温かいのって何だろう。厨ニ病ちっくに手から波○拳出すイメージでいいかな。あれは小二か?
『うわ、アリィ。もうできたんか』
うそー、○動拳でいいの?
『ようわからんけど、そんな感じでええで。ただもうちょい優しくしてくれるか?』
わかった。ならば癒やしの手〜。
ついでにモーさんの手をなでなで。結構気持ちいいや。
『……気持ちええわ。アリィ。堪忍な』
何が?
『……何でもないわ』
何だかモーさんが落ち込んだ気がする。うつむいていて、可愛い頭や角が見える。
頭を乱暴によしよしと撫でた。赤ちゃんで力加減が下手でモーさんの頭がガックンガックン揺れる。
『ア、アリィ……』
モーさん色々教えてくれてありがとう。言えないことはあるだろうけど気にしないで。だって、私はまだ一歳だよ。
『……そやな。赤ん坊やな』
そうそう。必要あるならレナードさんやキースさんに話しておいてよ。私が聞いて悩むだけより、動ける二人に話す方がいいかもだし。
『話から外されるの嫌やないんか?』
事後報告でもしてくれたら嬉しいな。全部知るには知識が不足してるのは分かってるから。
『……わかった。最後に、大人の精神を持っとるのは教えるか?』
それは勘弁して。オムツ替えの時に恥ずかしすぎる。
『ははは。ほんまやな。わかったで。』
話はひとまず終わったかな。
大きく息を吐いた。正直今までこんな会話らしい会話をしてこなかったので頭の回転がついていかない。
見落としているところとか色々あるだろうけど、少しずつ頭の中を整理していくしかないだろうな。
もう少し大きくなるまではどうにも動けないと覚悟していたけど、色々教えてくれる人ができただけでもよしとするか。
はーっともう一度息を吐く。両手を伸ばし、体をほぐす。
さて、オムツ濡れたしお腹すいたわ。
「ふぇぇぇーん!」
泣いて保護者を呼ぼう。
『冷静な赤ん坊やな』
ということで、アリィちゃんのペットができました。
次回からは別視点で話をもう少し詳しく進めていきたいと思います。
アリィちゃんじゃ、様子がわからん。




