03 馬車に揺られてどんぶらこ
気がつけば知らない天井でした。木だわ木。昔泊まったログハウスを思い出すわ〜。
今まで住んでいたおうちの壁って壁紙が張ってあったし、天井も綺麗にしてあった。さすが貴族ということか。
お部屋は薄暗い。もう夜か。一応小さな照明がある。
電気ないのに、ランタンやろうそくじゃないのよね、この世界。あれは何なんだろ。
とりあえずこれは無事マティス村に着いたかな?
レナードさん、無事だろうか……
「あ、アリノーリア様、起きました?」
ひょいっと私の上に顔を覗かせたのはキースさん。
その表情に暗い影はないことにほっとする。
きょろきょろと部屋を見渡しても誰もいない。
くすりとキースさんは笑った。
「レナード様を呼んできますね。ちょっと待っててください」
キースさんは私の頭をよしよしすると部屋を出ていった。
私はのそのそと起き上がる。普通サイズのシングルベッドに寝かされてた。
ちゃんとシーツが洗ってあるみたいで、石鹸のいい匂いがする。
シーツにすりすりして綿の柔らかさに癒された。やっぱり緊張していたんだろうな。
お部屋を見渡すと、小さいチェストや椅子があるだけ。宿屋かしら?
コンコンとノックがされて扉があいた。レナードさんとキースさんだ。
「アリノーリア様」
ホッとした様子でレナードさんが近づいてきた。
キースさんがサイドボードにある照明を操作すると、部屋が明るくなった。
その後、キースさんはドアの前あたりで待ってる。
私はベッドの上に座ったままで、レナードさんはベッドの前に跪いた。これで目線の高さは一緒。
レナードさん……元気そうだ。
レナードさんってきっと怒ると怖いだろう。目力が違う。きっと敵を威圧すれば相手を震え上がらせることができるだろう。
でも今は私を安心させるように一生懸命優しい顔をしてくれているみたい。
「無事マティス村につきました。また明日から馬車を調達して移動しますが、今晩はここに泊まりますので」
マティス村までいけば大丈夫と話してたけど、ここが終着ではないんだやっぱり。
でも、レナードさんも無事だったわけだし、ワガママいっちゃいけませんね。
「あぃ」
「……追っ手は振り切りました。私も怪我はありません」
実は怪我を隠していたらどうしようと思ったけど、本人の顔色も悪くないみたいだし、本当に大丈夫っぽい。
安心して涙がこぼれる。慌てて目をこすってにぱっと笑った。
「あぃ」
私が返事すると、レナードさんが探るように私の顔を覗きこんだ。な、何でしょう。
「……お腹がすきましたでしょう。部屋まで食事をお持ちします。キースをつけますので、何かあればおっしゃってください」
何だかレナードさんが私に対して丁寧すぎる。私一歳やそこらなんですけど。喋れないし。
レナードさんが部屋を出ていって、キースさんが寄ってきた。
「アリノーリア様、気分とか悪くないですか? 馬で結構揺られたでしょー。本気でかっ飛ばしてましたし」
いやいや、本気で走る前に気絶していたからわからんのよ〜。
「村に着いた時、アリノーリア様が気絶してたんでかなり慌てたんですよー。レナード様も後から追いついてアリノーリア様が起きるまでかなりそわそわしてましたし」
ほほぅ。そうなんだー。心配かけちゃったなぁ。
気分悪くはないんだけど、あの時はすーっと意識が遠のいたんだよね。興奮に赤子の体が耐えきれなかったんかな?
まぁ考えても仕方ない。まずはわかることから始めないと。実に言いにくいんだけど……
「うー」
私は座ったまま足をペシペシ叩きます。
「へ? 足? 股? あ、オムツですね!」
そうなの。寝ている間に濡れたのか、冷やっこいのよ。
あれー、オムツどこだろー、とかキースさんが荷物を引っ掻き回していると、ご飯を手にレナード様が戻ってきた。
「キース、何してる」
「いえ、アリノーリア様のオムツどこでしょう」
「……しまった、馬車の中か!」
おおぅ、そうよね。普通逃げる時にオムツなんて持って逃げないもんね。
その後バタバタとキースさんがオムツをどこからか持ってきてくれて無事オムツ替え。
キースさんにオムツを替えてもらう時は無心になりました。これはママ、キースさんはママ。
その後、ちょっぴり冷めたけど美味しくご飯をいただきました。まる。
ちなみにその日が私の一歳の誕生日だった。
聞いてビックリするのは、数年後。
それから、新しい馬車に乗って旅が始まった。
レナードさんとキースさんは旅の行商人。で、私はキースさんが悪い女の人に騙されて押し付けられた子……、すごいなその設定。
敬語も基本的にはなしにするって二人で相談してた。
ただ、レナードさんが先輩でキースさんが後輩だから、レナードさんに対する敬語だけはやめないんだって。
私は箱の中からは解放されて、普通に幌馬車の中で毛布ひいた上に座る。
レナードさんとキースさんが交代で御者したり、私の相手をしたりして、私も適当に遊んだりダラダラしたりしてた。
あの後襲撃はなく、のどかにのんびりとした日が続いたよ。
「今日の夕方には湖が近い町に着くよー」
キースさんがお手玉を私の方に投げながらお話してくれる。
王都を出て約一カ月。私を乗せているから馬車はゆっくり進む。馬車の中にはおもちゃや絵本なんかが増えてきた。
お手玉は跳ねないから馬車の中で遊ぶにはかなりいい。暇な時はこれを投げて遊んでる。
ちなみに幌馬車の後部には紐が張られて私のオムツがパタパタ揺れてる。
うーん、所帯じみてるねえ。
トイレトレもやってる。ご飯を食べた後や休憩終わりには自然に帰ってる。が、赤子の膀胱は高性能じゃないので、やっぱりオムツはいるのよ。
まぁ全部オムツよりはマシのはず。川を見つけたらバケツに入れておいたオムツをキースさんが洗ってくれてます。感謝感謝。
ちなみに路銀を稼ぐために荷運びもしてるので、馬車の中には箱が積んである。今は塩だったかな。かさばらないものを選んでると言われた。まあ、行商人って言っているもんね。
私はキースさんにお手玉を投げ返す。まだ下手だからボテっと私の目の前に落ちた。
もう一回投げる。今度は後ろか!
気合いを入れてもう一度投げればキースさんの足元に届いた。
やれやれ。赤子は辛いぜ。
しかし湖かぁ。どんなんだろうなぁ。
「沢山水があって魚もいっぱいだから、明日は魚料理が食べられるかな?」
おお、いいな、魚料理!
離乳食で細切れ肉は入っているけど、魚はない。川では小魚しか捕れないから、小骨とか心配だからだって。
二人が釣りして魚の塩焼きしているのを横から眺める苦行はきつかった。一口だけもらったけど、本当はもっと食べたかった。
「アリィも食べれるといいねえ」
そうだねー。食べさせてくれよー。
キースさんはまたお手玉を投げてくる。ニヤニヤするなよ、こっちは体の使い方にまだ慣れないんだよ!
若干ムカつきながらお手玉を投げ返しておいた。
「アリィ。湖が見えたぞ。見るか?」
御者台からレナードさんが声をかけてくれた。
「あぃ!」
私は元気よく返事して御者台によじ登る。お尻が、お尻が重いのよ。
二人は手伝わず見守ってくれている。秘技「自分でできるのよ!」を発動してから、しばらくは見守るようになってくれた。
やっとこさっとこ御者台に登ってレナードさんにしがみつく。レナードさんは落ちないようにしっかりと支えてくれているから安心だ。
「ほわぁぁぁ」
丘の一番上にいたんだろう。
緑の草原が続いた向こうに広い広い湖がキラキラと光っている。
湖のほとりに見える茶色い屋根が町なんだろうな。
「おお、あれが有名なカテナの町ですか」
ほう、有名なのか。
振り向くと馬車の中で立っているキースさんが私に向かってニッコリ笑う。
「神殿があるんだよ。水の精霊を祀っていて、雨に恵まれない地域からの参拝者が絶えないんだって」
水の精霊ですか。唯一神とかじゃないのねこの国の信仰。
でも、確かにここは水のご加護がありそうだ。綺麗だもんねえ。
「今日は荷をおろすから、神殿は明日行こうか。」
おお、行けるんですか。それなら行きましょう行きましょう。
まぁ、私はそろそろお昼寝タイムなんで、後はよろしく〜。
『こんにちは』
気がつくと水色の世界にいた。白い光が目の前に浮かんでる。この光が喋ったのか。
「誰ですか? おや、喋れる」
赤子の声だけど喋れた。
『夢の中だから。喋れるよ』
光は喋る。男の子っぽい声だ。別に喋るたびに光が明滅したりはしないんだ。
「そうなんですね」
夢って便利〜。
『カテナまで辿り着いてくれてありがとう』
「え、まだ着いてないですよ」
『湖が見えたでしょ。そこまできたから話せるんだ』
「おお、つまり水の精霊様?」
この世界も水色だもんね。これってもしや湖の中?
『まぁそうだね。水の加護持ちが来てくれて助かったよ』
「加護持ち……ですか。知らないんですけど」
おお、イベント臭がするよ!
『うん。詳しいことは神殿に来たらわかると思う。とにかく神殿には来てくれるかな?』
「あ、明日行く話になってます」
『うんうん。たまに素通りする人がいるから、こんな風に加護持ちには神殿に来てねと話すようにしてるんだ。君は特に来て欲しいから』
「はぁ。まだ赤子なんですけど」
『体はね』
「わかるんですか?」
『今は時間がないからまた話そう。必ず来てね』
「あ、はい」
光は消えて、私も眠るように水色の世界から離れていった。
「アリィ。宿に着くよ〜。起きて〜」
キースさんにゆさゆさされて目が覚めた。
おお、いつの間にか町中か。結構寝てたんだなぁ。夜寝れるかな。目をゴシゴシこすって、小さくあくびをした。
「レナードさんは荷をおろしにいくので、宿で待ってましょうね」
キースさんに手伝ってもらって身支度を整える。帽子を被って髪を隠し、キースさんに抱っこしてもらって顔を隠す。
王都からは離れているが、どうも私は目立つらしい。不自然じゃない程度に顔を隠すことになってる。
「ではレナードさん。後で」
「わかった。アリィ。いい子にしていてくれ」
「あぃ」
レナードさんに挨拶だけしてキースさんは馬車をおりる。キースさんの邪魔にならないようにしっかりとしがみつく。周りは見えないけどガヤガヤしているのが聞こえる。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
おばさんの声が聞こえる。そっと覗くと恰幅のいい肝っ玉母さんが見えた。
「ええ。大人が二人、この子が一人です」
「おやまぁ、また小さい子だね。顔隠して。人見知りする時期かい」
「そうですね。恥ずかしがり屋でして」
苦笑するキースさんがそっと私の頭を撫でた。私は顔を隠す。
「まぁ仕方ないね。大きくなればなおるさ。二階の一番奥に二人部屋があるからそこでいいかい? 一泊一部屋銀貨三枚で、食事は別だよ」
「それでお願いします。とりあえず二日分で」
「はいよ、確かに。これが鍵だよ。シーツとかの交換は別料金だからね、気をつけな」
「はは、気をつけます」
キースさんは素早く鍵をもらうと、部屋に移動した。
ようやく部屋に到着した。キースさんがベッドにおろしてくれる。
やれやれ、やらなきゃいけないのはわかるけど、ずっとしがみつくのは暑いや。
「アリィ、お疲れ様」
「あぃ」
揺れないベッドは快適だぁ。ベッドの上をごろんごろんと転がって体をほぐす。
「僕は荷物の整理をしたりするから、ゆっくりしていて」
「あぃ」
適当な返事をしながら、ベッドをころころ転がって、ベッドの端まで移動した。頭だけがベッドから落ちて、世界が逆さまになる。
窓からは空しか見えない。さっきまで青かった空は少しだけ赤くなってきただろうか。
明日、水の神殿で、か。
行かなかったら、精霊さん泣いて追いかけてくるのかな?
アリィちゃんには役目があります。
頑張れアリィちゃん。




