02 しょっぱなから逃避行
起きたら真っ暗なんですけどー。
しかもガタガタと揺れてるし。え、何これ、罰ゲーム?
ちょっと頭を整理してみよう。
私、岡田亜矢子。アラサー女子。
平均的な日本人の顔をしておりました。何度かお付き合いした男はいれども、結婚までいたらず独身で彼氏募集中、いや旦那募集中。
生い立ちも別に面白くなく、普通に公立の学校に通い、私立の女子大に行き、事務員として正社員になって。
休みにはネットで小説読んだり友達と遊びに行ったりゲームしたり。
さすがに家族からのプレッシャーに耐えかねて婚活でもするかぁと思ってた。
そのぐらいは思い出せるんだけど、いつの間にやら知らないところに来ていて。
うわ、赤子って転生か! とビックリしつつも受け入れて。
んで、まぁ美人ママの髪が水色だったのを見て「異世界転生キタコレ」と心の中で驚いたわけですよ。
文句を言っても何か変わるわけでなく、真面目に寝返りから頑張った。
美人ママとお手伝いさんにしか会わなかったけど、まぁゼロ歳児やし、パパは長期出張とかかなぁーって思ってたし。
つかまり立ちもできたし、そろそろあんよの練習始めなきゃなぁと思ったところでこれですよ。
使用人もいる家だったし、部屋も広かったし貴族とかお金持ちの家だったと思うんだ。
ということは、誘拐か!?
いや、それにしては今の状況がよくわかんない。
多分これ、箱の中に入れられているわけだけど、肌触りのいい毛布とクッションがひいてあるんだよね。
まぁ窒息しないように、クッションも固めだし、毛布も箱に貼り付けてあるんだけど。
誘拐犯がここまでするかな。
じゃあ夜逃げとか?
豪商だったけど不当たりだして〜、みたいな。
それにしてはママや使用人さんも痩せこけたり、家のものがなくなったりしてなかったよな〜。
確かにママは疲れているようにみえた。精一杯笑ってるけど実はしんどいよみたいな。
でもそれで夜逃げとかになるだろうか。実は不倫しててパパに追い出されたとか?
いや、それだと私が箱に入れる理由にならんな。
うーんうーんと考えてもわからん。
しばらくするとガコンと大きく揺れてから止まった。
どこかに着いたのかな。箱に耳をぴたりとつけて外の音を拾う。
「キース様、お待たせしました」
おじさんの声がする。声をひそめながらも、呼びかける声は大きい。
「ありがとう。怪しまれなかったかい」
対する声は若い……男かな? これがキース様か。緊張している雰囲気がする。
「門番も気付いていないようでした。ただ、スパイまでは……」
「それは構わないよ。狙うなら町中より王都を出た後だろう。そこからはレナード様がいるからね」
つまり、今は王都にいて私は今から王都から連れ出されるわけだね。
二人の足音が近づいてくる。おっと、どうしようかな。
「この箱でいい?」
「はい、鍵を開けます」
カチャカチャと鍵を差し込む音がする。やば、寝たふりがいいかな。
ガタガタと箱の蓋が開いたようで瞼を通して明るさを感じる。
「……眠っていらっしゃるようだね」
キース様の声がして、大きな手が私の首もとをさわる。脈はかっているな。
「薬をかがしているはずだよね」
おおぅ、薬か。そりゃ眠っていたはずだ。
「はい。どうしますか。念のためもう一度……」
「……そうだね。王都の門を抜ける時に起きては危険だ。少しだけ我慢していただこう」
ええー! そんなに何度も赤子に眠り薬かがしちゃって大丈夫!?
とはいえ、今更起きれない。黙って寝たふりをするとそっと布を口元に当てられた。
「アリノーリア様。もうしばらくのご辛抱です。必ず、必ず安全なところまでお連れいたしますので……」
懺悔のようなキース様の声に、夜逃げの方かーと思いながら眠りについた。
次に目が覚めたのは、ガッタンゴットンと激しく揺れていたからだ。
相変わらず暗いのには変わりない。手触りも変わらないし同じ箱っぽい。
これは、王都から出たかな? 揺れるのは土道とかを走ってるのかな?
「キース、追っ手は見えるか」
新しい声が聞こえる。これってさっき話していたレナード様って人かしら?
声渋いわ〜。声フェチじゃないけど、好きになりそうな声だね。
「今のところは大丈夫です。しかし、門番がすんなり通しすぎでした。怪しいかと」
これはキース様の方の声だ。箱の反対側から聞こえる。見張りをしてるんだろうな。
「後方の見張りを引き続き頼む。弓はあるか」
「ありますけどね。下手なのは知っているじゃないですか」
「ないよりマシだ」
軽口を叩いているということはまだ深刻な状態じゃないんだろうか。
どうしようかな。隠れていた方がいいかもしれないけど、いい加減息苦しいんだよな。
んー、状況が見えないのは精神的に辛い。出してもらおう。
ガタガタと箱の蓋を揺らす。
「! アリノーリア様! 目が覚めましたか!」
キース様がバタバタと近付いてきて鍵を開けて、蓋を開けてくれた。
眩しさに目を細めた。目がショボショボするよー。
「アリノーリア様、大丈夫ですか?」
まばたきを繰り返して、よくよくキース様を見てみる。
おお。金髪王子がいる。目が青で美形で中性的って、すごいなぁ。
服は麻か綿の着古したやつを着てるけど、絶対王子様服似合うわこの人。
爽やかスマイルで女の子を口説けば絶対墜ちる。撃墜って感じだよ。うん。
冗談はさておき、とりあえず聞かなきゃいけないことから聞きましょう。
「ママ……」
そういうと痛ましそうな顔をして、キース様は私を抱き上げた。
おっと、思ったよりムキムキの筋肉。ママや使用人さんは女の人だったからなあ。この固さが新鮮。ついでにドキドキしちゃう。
「お母様とはしばらくお会いになれません。まずはアルメリア様を安全なところにお連れするように申しつかっております」
やっぱり夜逃げかー。美人ママは別行動で逃げ出した感じかな。無事だといいけど。
「私はキースと申します。今、前で御者をしているのがレナードです。私たちが一緒にいますからね」
そう言うと安心させるようにポンポンと背中を叩かれた。
まぁ敵にさらわれるよりはマシな状態みたいだし、二人を信用しよう。
レナード様を見てみる。前を向いているから後ろ姿しか見えない。ごつい肩してるわ、この人。短くて赤い髪が風に煽られてる。キースさんと同じような素材の服だけど、服の上からでも筋肉見えてるよ。
自分の姿も見てみる。二人と同じような服だ。少しゴワゴワしていて、今まで着ていた服より安い服なのがわかる。
とりあえず、私の方が立場は上みたいだなぁ。二人とも礼儀正しいみたいだし、騎士とかかしら? やっぱり私は貴族の線が強いよなあ。
「アリノーリア様、馬車を飛ばしますのでもう少し中に……きた!!」
キース様、いや、キースさんが叫んだ。その瞬間、馬車のスピードが上がる。
「目視騎馬が五、弓二、槍三!」
キースさんは後ろを見て叫んだ。森の中に真っ直ぐ一本道が続いている。遠くに砂煙が見えるけど、あれで見えるの!?
「弓構え! アリノーリア様は箱に!」
レナードさんが馬を走らせながらも大声で指示を飛ばす。
キースさんが慌てて私を箱の中に戻す。
「アリノーリア様、しばらくお待ちください!」
蓋は閉められなかったので、箱のふちに手をかけつかまり立ちをした。
キースさんは私をかばうように陣取り、弓に矢をつがえている。
敵の矢が飛んできたら危ないけど、箱の中で息をひそめているだけは無理だった。
馬車の後ろより、騎馬の追っ手の方が早くどんどん近付いてくる。
槍の先が光ってるよ。あれで刺されたらと思うだけで怖気が走るわ。
キースさんが弓を引き絞る。
向こうからまだ矢は打たれていないけど、当たる距離なんだろうか。
ヒュンと音がしてキースさんの矢が放たれる。
追っ手の馬の足並みが乱れた。そこにすかさず二本目の矢が放たれた。
「く!」
一頭の馬の首に矢が刺さり、槍を持った追っ手と共に見えなくなった。
えー! それ当たるの!? 当たるもんなの!?
弓が下手ってそんなことないと思うんだけど!?
向こうが弓を放たないということは、向こうは打てない距離なんでしょ。
っと思ったら、向こうが矢を放ちだした。危ない危ない、隠れておかなきゃ。慌て箱の中に頭をひっこめた。
「レナード様、そろそろ!」
「わかった! 牽制しろ!」
二人の切羽詰まった声に私は身を固くした。足だけは引っ張るまいと泣かないようにお腹に力を入れる。
「アリノーリア様、失礼します!」
箱の上から力強い腕が伸びてきて、私を抱えあげた。
一瞬の浮遊感の後、レナードさんの肩の上に乗っかる。
荷物運び、了解! しっかりしがみつくよ!
「しがみついていてください!」
言うが早いか、レナードさんがジャンプしました。
えええ!?
馬の上!?
「キース!」
「今、いき、ます!」
キースさんも叫んでこちらにきた!
馬車が二頭だてだったのは一頭ずつ乗るからですか!?
「離すぞ!」
レナードさんが剣を抜いて振るうと、馬車と馬を繋いでいた部分が音を立てて切り裂かれた。
馬車はバランスを崩し、ガタガタとわき道にそれる。
後ろにいた追っ手は馬車を避けるように馬を操る。数が減って三騎だ。
「新手がニいます!」
キースさんが後ろを睨み付けた。
ええ、マジでー!?
「キース、アリノーリア様を!」
併走するキースさんにキャッチボールのように投げ渡される私。
声? 強ばりすぎて出せませんとも!
今度は無我夢中でキースさんにしがみつく。
「レナード様!」
「村まで走れ! アルメリア様を頼む!」
「……わかりました!」
私は慌ててレナードさんの顔を見た。
拍子をつかれたような顔をした後、にっこりと微笑まれた。何も心配しなくていいんだというように。
レナードさんの馬が後ろに下がっていく。
やめて、そんな死亡フラグ!
ダメだよ、行っちゃいけない!
信用するって決めたのに! そんな一瞬でいなくなるなんて!
「う゛ぁぁぁあああ!」
今まで声を発しなかった私が大声を出した。
「アリノーリア様、レナード様は強いです! 大丈夫です!」
キースさんの声は自分に言い聞かすかのようだ。
大丈夫? 今追っ手は五人なんだよ。そこにレナードさんは一人なんだ。
「う゛ぁぁぁあああ!」
行かないで!
私の声が一際大きくなった時に、何やらレナードさんの周りにきらめくものが現れた。
「なっ!?」
「避けろ!!」
追っ手の慌てた声が聞こえる。そのまま悲鳴が聞こえた気がする。
「何が……」
キースさんが呆然とした声を出したけど、それだけだった。
キースさんが操る馬はスピードを落とさないので、道を曲がったところでキースさんは見えなくなった。
いや、その前に私の目の前も真っ暗なんですけど。
あれ? どうなった……
レナード様がオヤジ成分予定。
キースさんも本当はおやじにしたかったけど、さすがに暑苦しいため王子様に。
頑張れレナード様、オヤジ成分をかもし出すのだ!




