第91話 店を継ぐ
午後3時ごろ。
俺と雫ちゃんは、客室に案内されていた。
付き合っている設定なので、当然のように部屋は一緒である。
「ちょ、ちょっと大事になっちゃったね……」
「え、えぇ……そうだね」
普通ならドキドキする同室の展開。
俺と雫ちゃんは、おばあちゃんに「旅館を継いでほしい」と懇願されてしまった。
どうやら、雫ちゃんにとってもまったくの想定外だったようだ。
◇
遡ること、数時間前……ホテルのロビーにて。
「え、え? お店を継ぐのは、光洋(店長)さんじゃないの?」
普通に考えれば、年齢的にも店長が引き継ぐはずだ。
突然の指名に、雫ちゃんは驚きを隠せなかった。
「ばあちゃん、俺が違って話だったよな? そのために、修行も兼ねて、お店に融資してくれたんじゃなかったの?」
店長が動揺しながらも、おばあちゃんに質問をする。
なるほど、店長が若くして、店を持てる理由……喫茶『alive』は、店長がこの旅館を継ぐための修行の場であったのか。
「雫……。あなたは、料理の腕前あって、信頼できる男性もいる。もちろん、光洋にも継いで欲しい気持ちはある。だから、二人のうち、どちらかにこのお店を任せたいのよ」
「そ、そんな……」
雫ちゃんは、開いた口が塞がらない様子だ。
店長も、表情こそあまり変えていないが、静かに視線を落としている。
「光洋………あなたは、女性に振られてしまって、その悲しみに耐えきれず、店を若い雫に任せて旅に出たって……。そんな無責任な人に、旅館を継ぐ覚悟があるのかなと思ったのよ」
おばあちゃんは、かなり痛いところを突いてきた。
確かに、歴史あるお店を任せるには、少し頼りないと言わざるを得ない。
これには店長も面食らったのか、何も言い返せないでいた。
ロビーを包む、重苦しい空気……。
部外者である俺が、ここにいて良いのだろうか。
「私はまだ元気だから、二人ともゆっくり考えて欲しいの。つばさくんも、いきなりこんな話を聞かせてごめんなさいね」
「い、いえ……」
そう言うと、おばあちゃんはフロントの奥へと戻って行った。
「つばさくん、大変な話に巻き込んでごめんね」
雫ちゃんが頭を深く下げ、俺に謝罪をした。
「そんな、頭を上げて?」
俺は慌てて、雫ちゃんに頭を上げるように促す。
「俺からも、申し訳ない。カップルのふりをするのは雫から聞いていたが、まさか継ぐ話までするとは思わなかった……頼りない身内で済まん」
店長も頭を下げるが、その声は少し涙声で震えていた。
言われてみれば、雫ちゃんに急なお見合いの話が出たことも納得がいく。
きっとおばあちゃんは、本心ではしっかり者の雫ちゃんにこの店を継いで欲しいのだろう。
しかし、まだ若い彼女に一人で継がせるのは心許ない。だからこそ、旅館を支えられる相応しいフィアンセ(伴侶)を探していたのだ。
この状況……。
ただの「偽装彼氏」の俺は、一体どうしたら良いのだろうか。
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