第89話 おばあちゃんと初対面
俺は、雫ちゃんから渡されたメモを見つめた。
そこには、キスの回数や下着の色、お互いの呼び方まで事細かに書かれている。
「し、雫ちゃん……ここまで、書く必要ある?」
「え、え? か、勘違いしないでね!」
勘違いも何もない。
すでに俺の頭の中は、よからぬ妄想でいっぱいだ。
「おばあちゃん、かなり神経質で鋭いから。細かく設定作っておかないと、ボロが出ると思ったの……」
ボロが出ると言っても、下着の色まで細かく聞かれるものだろうか。
そう思ってると、雫ちゃんが小声で続けた。
「ちなみに、今日使ってるのは別の色だから……安心して」
小声で言ってるつもりだろうが、狭い車内に響き渡っている。
「で、でも……これで心構えができたよ」
「それならよかった……もうすぐ着くからよろしくね!」
余計な邪念が増えてしまったが、ここまで細かく設定を練り込まないといけないくらい、隙のないおばあちゃんだということはよくわかった。
雫ちゃんがここまで細かく書いたのだ。
なんとかボロが出ないように注意しなければ。
◇
それから、10分ほどが経過した。
雫ちゃんと、細かい設定について何度も確かめ合った。
彼女(仮)との作戦会議…… なんだか、部活のミーティングを思い出す。
作戦会議も半ばに差し掛かった頃、雫ちゃんが突然言った。
「あ、つばさくん。着いたよー」
「え? もう着いたの?」
雫ちゃんは「後何分で着くよ」といった案内をまったくしていなかったので、突然目的地にワープしたような気分になった。
外を見ると、木々に囲まれた、少し急な坂道の途中に、立派な和風の旅館が建っていた。
いかにも老舗というような旅館であった。
やはり、雫ちゃんのおばあちゃんは、元女将、もしくは料理長といったところか。
雫ちゃんに、それも聞いておくべきだったか。
俺たちは車を降りた。
冷房が効いた車内とは違い、外の酷暑が容赦なく身体に襲いかかる。
雫ちゃんは車の鍵を閉め、暑さに耐えながら旅館の玄関へと向かった。
ガラガラガラー。
「おばあちゃーん、帰ったよー」
雫ちゃんが、旅館の扉を開けると、ロビーのソファーに見慣れた男性が座っていた。
「つばさくーん、久しぶりだね」
そこには、数週間ぶりに会った店長の姿があった。
「て、店長? お久しぶりです!」
軽く会釈をし、店長に挨拶をした。
店長の雰囲気が少し変わっている気がする。
……なんというか、少し日焼けをしている?
「店長、日焼けしていて一瞬誰か分かりませんでしたよ」
「そ、そうか? 久々に海行ったりしてたからかな? ハハハッ」
「海行ってたんですね」
店長は思ったよりも元気そうであり、一安心……したのも束の間、雫ちゃんから声がかかった。
「つばさくーん、こっちだよー! うちのおばあちゃんだよ」
ついに、おばあちゃんとの初対面。
すごく緊張する……。
「あなたが、雫の彼氏さん? よろしくね」
「よ、よろしくおねがいします」
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