第98話:番外編① 蜜柑の憂鬱
これは、俺が熱海に行く前日の出来事である。
今日は、本来ならば住み込みバイトの最終日。
そのため、俺や桃果ちゃんをはじめ、蜜柑もそれぞれの荷物をまとめていた。
俺が自室でトランクに荷物を詰めていると、蜜柑がノックもせずに突然部屋に押し入ってきて、険しい表情で問い詰めてきた。
「つばさ……本当にいくの?」
「行く……? あぁ熱海か、呼ばれたからには行かないと……」
俺は手に持っていた下着を、そっとトランクにしまった。
「雫……何が目的なの?」
「目的と言われても、俺もわからないんだよ」
蜜柑は口を尖らせ、俺をジロリと睨みつける。
「何が目的」と言われても、俺には全く見当がつかなかった。
俺が片手間で荷造りを続けていると、蜜柑はバンッと机を手で叩き、強引に俺の注意を引きつけた。
「手紙見せなさい!」
「手紙?」
「雫から貰ったって……。桃果ちゃんから聞いたよ」
俺は、一瞬ピタリと手が止まった。
しかし、その手紙はすでにトランクの奥底にしまっている。
話を誤魔化すように、俺は再びそそくさと作業を続けた。
「つばさ……帰ってきたら、実家に遊びに行くからね。杏樹ちゃんにも言っておいてね」
蜜柑は、コンコンと机を叩きながら俺に念を押す。
俺はふと思った。
「実家に遊びに行く」と言うが、2、3週間に一度のペースで遊びに来ているだろう……と。
「とにかく、私の気持ちも忘れないでね」
「わ、分かってるよ……」
「本当にぃ?」
俺の顔を下から覗き込むようにして、蜜柑がジッと目を合わせてくる。
「……まぁ、わかってるならいいや。アイスコーヒー淹れてくるね」
そう言うと、蜜柑はパタパタと部屋のドアを開け、1階のカウンターへ向かった。
その後、俺は蜜柑が淹れてくれたコーヒーを飲んだのだが……いつもよりやけに苦く、飲みづらかった。
コーヒーの味にも彼女の動揺が出ているのか……もしくは、何かの訴えなのか……。
真意は不明である。
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