第97話 じいちゃんの夢、ばあちゃんの夢
ポチャン、と水が落ちる音。
俺たちは、場所を温泉に移した。
そこには、温泉が嫌いと言っていた店長の姿もある。
「温泉嫌いじゃ無いんですか?」
「あぁ大丈夫。今日の朝、俺がピカピカに磨いたし、今日の客は、みんな知り合いの貸切みたいなものだからな」
ちょっと自信ありげに店長は返事をした。
店長は、喫茶店でもカウンターと床周りの掃除は毎日欠かさなかった。
「そ、それで、夢というのは何ですか?」
「夢か?」
「そうです。他の人に聞かれたく無いから、温泉に移動したんですよね?」
そう言うと、店長は黙り込んでしまった。
「……言いにくい話ですか?」
「気になります。言わないなら、雫ちゃんに聞きますよ?」
「あぁ、それは勘弁。ここに移動したのも、万が一でも、雫に聞かれたくなかったからだから」
店長が慌てた様子を見せた。
俺は、「それなら早く教えてください」と言いつつ、睨みつけた。
すると、ようやく覚悟を決めたのか、店長が口を開いた。
この旅館は……元々は、雫ちゃんのおばあちゃんとおじいちゃんが、〈ある夢〉を叶えるために作った旅館だそうだ。
「実はじいちゃん、ばあちゃんと老後に一緒に働きたくて、この旅館を買い取ったんだ」
「旅館を買い取った……?」
おじいちゃんがおばあちゃんと働くために買い取った旅館……。
――まさか……大金持ちか?
というか、旅館を持っている時点でなかなかの資産家には違いないが、そんな下世話な話はどうでも良い。
「ばあちゃんは、この店で何十年も働いていたんだが、じいちゃんが住む家とは距離があってね。実質泊まり込みのような形で、ばあちゃんは、働いていたんだよ」
泊まり込みか……。
そのおじいちゃんに、どこか親近感が湧いた。
俺の両親も、住み込みで居酒屋の仕事をしている。
俺たちもそうだったか……。
「たまに帰っても、じいちゃんが仕事だったり、あまり二人で会うのが半年ぶりとかになる日もあったらしい」
「は、半年……かぁ。それは寂しいですね」
半年も好きな人と会えない……。
想像するだけで、胸が痛む。
「それが嫌で、じいちゃんはね。この旅館の近くに家を建て、旅館も買い取ったんだ。お金を必死に貯めて、おばあちゃんに内緒でね……」
「す、凄い……」
愛する人のために必死に働いたおじいちゃん。
「やっと家が建った……。そして、ばあちゃんに披露しようとした前日に……。じいちゃんは、過労で倒れてしまったんだ……」
しかし、現実はあまりにも残酷であった。
そのことを聞き、俺は呆気に取られた。
この世界が、努力した人が必ず報われるわけではないということ……現実を突きつけられた気分であった。
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