第94話 二つの思い
「つばさくん。夢を語るのは簡単。……だけどね、料理人の厳しさ、最初から客を集める厳しさを、あなたは知っているの? ここなら店の基盤もしっかりしているし、優秀なメンバーも揃ってるのよ」
おばあちゃんの言い分もわかる。
孫である雫ちゃんの未来を、真剣に考えているからこその言葉なのだろう。
「雫さんは、そんなに柔ではないと思います。現に、店長のお店では、彼女の料理を目当てに訪れるお客さんも多く、集客力はあるはずです」
雫ちゃんには、閉店間際のお店を救った確かな実績がある。
俺は、おばあちゃんの目を見て必死に訴えかけた。
「それは立地も良く、私が店の外観を一流デザイナーの方に頼んだからもあるのよ?」
おしゃれな外観の真相。
そうだったのか、あの一際目を引くデザインは、一流のプロが手掛けていたのか。
「そ、それは……」
おばあちゃんとの言葉のラリー。
正論と実績を突きつけられ、俺にはもう太刀打ちできない。
さすがの俺ももう言い返せない……と諦めかけたその時、ずっと沈黙を続けていた雫ちゃんがついに立ち上がった。
「つばさくん、ありがとう。おばあちゃん! 私は、料理人として真剣に自分の道を歩んでいきたいの! 精一杯抗って、自分の人生を決めたい!」
雫ちゃんがおばあちゃんの隣に駆け寄り、抑え込んでいた本音をぶつける。
もう万策は尽きていたので、やっと雫ちゃんに『俺の思い(あえて嫌われ役を買って出た理由)』が伝わったようで、心底ホッとした。
「雫……? さっきも言ったけど、私の店でも料理人としての修行はできると思うの」
おばあちゃんは、雫ちゃんの両肩を掴み、真っ直ぐに目を見て諭すように話す。
「それでも、私がずっと思い続けた夢を、無我夢中で追いかけたいの! 若い頃のおばあちゃんみたいに……っ!」
両者の想いが交差する中、店長もついに沈黙を破った。
「ばあちゃん、俺に店を継がせてくれ! もし、雫が路頭に迷いそうになった時、いつでも俺の店に逃げて来れるように……ここを今よりもっと繁盛させるから。……俺はもう、逃げ出さない!」
店長は、おばあちゃんに真っ直ぐ向き直り、力強く言い放った。
ついに彼も、当主としての覚悟を決めたようだ。
「ふ、二人とも……」
おばあちゃんは、少しだけ戸惑ったような表情を見せていた。
「ばあちゃん、俺も信じてくれ! 俺の本気を伝えるために、今ある喫茶店をもっと人気店にしてみせるから……」
店長がおばあちゃんに訴えかける。
しかし、おばあちゃんはすぐには首を縦に振らなかった。
「……光洋。そして、雫。二人の覚悟は、よく伝わりました。やっと本音を聞けた気がします」
すると、おばあちゃんはゆっくりと立ち上がった。
「この話は、私たちだけの問題ではありません。ここに働く従業員の未来も決める大事な話なの……その場の勢いで決めるわけにはいきません」
「お、おばあちゃん……」
雫ちゃんは、おばあちゃんを見上げていた。
「ば、ばあちゃん……」
店長も、やっと思いを伝えられたのも束の間、現実を突きつけられた。
「私の答えは……明日の朝、改めて出させてもらいます。今日はもう遅いわ。二人とも、一晩しっかり頭を冷やして休みなさい。……つばさくんも、今日は遠いところ、ご苦労様でしたね」
それだけ言い残すと、おばあちゃんは静かに客室を後にした。
店長もまた、「……雫、つばさくん。ごめんな。また明日話そう」と力なく笑い、部屋を後にした。
……パタン。
襖が閉まる音が、やけに大きく響く。
後に残されたのは、決着を明日に持ち越され、不安と緊張に包まれた……俺と雫ちゃんの二人だけだった。
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