第93話 嫌われ役
俺は、この旅館に長居するわけでもない。
時間をかければ、もっと良い解決策が見つかるかもしれない……。
手っ取り早く、解決するかもしれない方法……それは……。
「俺が雫ちゃんには、夢があるからって、強めの口調で話すよ。そしたら、おばあちゃんからの『俺の印象』は最悪になると思う。……そうすれば、実家を継ぐ話は店長に戻るっていう作戦だよ」
「え、え? なんで、つばさくんがそんなことするの?」
雫ちゃんは心底驚いたように疑問を口にした。
確かに、俺がそこまで泥を被る必要はないだろう。
「もし俺が本当の彼氏だったら、これからの家族の付き合いも考えて、ストレートに反対することはできないと思う……。だけど、『偽装の彼氏』だから、おばあちゃんとの今後の関係なんて気にしないで、ズバッと言える」
雫ちゃんの話を聞く限り、おばあちゃんはとても良い人だ。
だから本当は、こんな嫌われ役を買って出る作戦をする必要はない。
絶対に雫ちゃんの本音をぶつければ、話し合いで解決すると思うからだ。
……ただ、優しい彼女が言い出せないのなら、俺が着火剤になればいい。
俺には、一つの勝算があった。
◇
陽はすっかり落ち、俺たちは夕ご飯も食べ終えた。
俺は、再びおばあちゃんと店長を、俺と雫ちゃんが使っている客室へと呼び出した。
「……」
沈黙する室内。座卓を囲むようにして、四人が座っている。
重苦しい雰囲気に、ピリッとした緊張が走る。
――よし、覚悟を決めて言うか……。
「おばあちゃんのこの旅館を継いでほしいという気持ちは、痛いほど伝わってきました」
「……」
「しかし、俺は雫さんの『自分の店で料理人になる』という夢を応援したいんです。旅館を継ぐお話は、彼女の夢を諦めさせてしまうことになります。勝手な言い分だとは承知していますが……俺は反対です」
俺が考えた案……。
それは、失うもののない偽装彼氏だからこそ出来ることである。
おばあちゃんに雫ちゃんが思っていることを代わりに言うだけだ。
「つばさくん、あなたの気持ちはわかります。結婚を考えているのなら、彼女の進路はあなたの人生にも関わって来るでしょうからね」
おばあちゃんは、真っ直ぐに俺の目を見て言葉を返す。
「でもね、雫の料理の腕前は知っているでしょう? 私の旅館で若女将として勤めながらでも、うちには優秀な料理長がいるのだから、料理の勉強はできる。必ずしも彼女の夢にとってマイナスになるとは、到底思えないのだけど」
さっき食べた夕食は、あれこれ悩んでいるのを一瞬忘れさせるぐらいの絶品だった。
確かにこの環境で働けば、雫ちゃんの料理の腕前が腐ることなどないだろう。
「確かに、料理は美味しかったです。ですけど……雫ちゃんの『本当にやりたいこと』は何なのかを、どうか考えてあげてほしいです」
俺はフゥと小さく息を吐き、隣に座る雫ちゃんの方を見る。
しかし、彼女はうつむいたまま、何も言い出せないでいた。
何も言い出せない彼女に、俺は違和感を覚えた。
今まで、自分が「こう」と決めたことに、積極的に取り組む姿勢を見せてきた雫ちゃん。
それは、桃果ちゃんとの料理対決や、恋のアドバイス、動画作成まで、自分の意見を曲げたことはない。
だからこそ、今のこの弱気な態度に……俺は初めて、雫ちゃんに対して『もどかしさ』を感じていた。
そう、俺がここまで場を荒らせば、必ず雫ちゃんは自分の本音を口にするはずだ。
俺はそう信じている。
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