第8話 マネジメント
大和丸の船内。軍が所有するスポーツジムでぶつかり合う二人。
一人は中肉中背の少年。体重、身長、座高と三拍子揃って平均的な十七歳。
ジャージを着た少年は、少女と殴り合いのファイトを続けている。
一人は陸上選手のように引き締まった体型の少女。ボーイッシュな黒髪が印象的。
快活な瞳。凛々しい鼻。ふっくらとした唇。すべてのパーツが整った小顔。
ジャージを着た少女は、少年と殴り合いのファイトを続けている。
少年の名前はカイン。少女の名前はノアイ。
大和丸の軍に所属する強化人間たちだ。
二人はボクシングで汗を流していた。
先日、中型のクラーケンを倒したカインは強化人間に復帰した。
泳げないカナヅチのカインだったけれど、アイドルのモリが飛行機能を持ち、かつ遠距離攻撃のできる聖遺物だったため、その活躍が認められ、大抜擢された。
カインの戦闘およびアイドル戦士の活躍は生中継されて大和丸全体に支持された。
大和丸の住民票を得たい軍部は、のちの選挙を見据えてのカイン再加入だった。
アイモリclubのライブ動画が爆発的に伸びたこともあり、ノアイの突発的な撮影はファインプレーとしか言いようがない。
ノアイ様様である。
そんなこんなで二人で特訓。
久々に体を動かしたカインは感覚がつかめず防戦一方。
片やノアイは絶好調。ジャブを混ぜた多彩な攻撃を繰り広げる。
カインはサンドバッグ状態になった。
隙を見て一撃必殺のカウンターを狙うもノアイのカウンター返し。地に伏した。
ボクシングの結果は散々だった。
「どうする、カイン君。まだやる?」
「いや、もういい。昼からミーティングがあるんだ」
「もう二時だけど大丈夫?」
「まだ十二時じゃない?」
約束の時間は午後一時。まだ一時間以上ある。
「ごめん。あの時計二時間遅いんだ」
一か月ぶりに復帰したカインはスポーツジムの時計が壊れ、二時間遅れていることを知らなかった。
「嘘。じゃあ、今何時?」
「もうすぐ午後の二時だけれど……」
……。二人の間で流れる数秒の空白。
カインは時計を見る。十二時前。カインはスマホを見る。二時前だった。
「完全に遅刻った!?」
「どうするの、カイン君」
「んー焦っても仕方ないし。続けるか、ボクシング」
「え、いいの?」
ミーティングは終わっているはずだ。今から行っても仕方ない。
もはや後の祭り。
後でミーティング内容を聞くことに決め、カインはボクシングを続けた。
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「それでオミナから送られてきたメールがこれです」
ノアイとの特訓が終わり、スマホを見ると着信が三件、メールが一通。
オミナから届いたメールには中指を立てるAA。相当ご立腹の様子だった。
「あの子、無口なわりに結構積極的だから気にしないで。心を開いている証拠よ」
ハマダさんがやんわりとフォローする。
夕方の六時。カインはハマダさんとバーにきていた。
一人用の席にハマダさんと並んで座る。
カウンター越しには渋いマスター。ダンディなちょび髭の中年男性。
彼の後ろには大量のボトルが陳列している。
ほの暗い店内はクラシックの名曲が流れる。すごくオシャレなバーだった。
「みんな心配したのよ。大事な会議だったから」
ハマダさんはデート屋の正装であるウィッグの金髪ロングヘアにキャバクラドレスを着ていた。
「本当にごめんなさい。特訓に夢中で気づきませんでした」
カインはスポーツジムの時計が壊れていることを言い訳がましく説明する。
「……というわけです。本当にすみません、ハマダさん」
「私は別にいいよ。でもオミナとメリーのフォローはちゃんとしてちょうだい」
ハマダさんは、ただでさえあの二人はなかなか会えないんだから、と小さく呟き、カインは聞こえないふりをした。
オミナとメリーに不慣れなのを一番不甲斐なく思っているのはカイン自身だ。
今は一日でも多くハマダさんとデートを重ねて女慣れするしかない。
カインは椅子から降りて床に膝をついた。
「僕が決めた約束事なのに破ってしまって本当にすみません!」
「や、やめてったら」
バーの大理石に向かって誠心誠意の土下座をしようとすると、ハマダさんに上から土下座を止められる。マスターが失笑を漏らす。彼の目にはキャバ嬢と若い常連客の痴話喧嘩に見えたかもしれない。
ハマダさんが顔を赤める。カインも急に恥ずかしくなった。
恥ずかしさを紛らわすために二人して飲み物を注文する。
ジントニックとオレンジジュースを注文した。
大和丸のバーは未成年でも入店できるけれど飲酒はご法度。
そのため十七歳のカインは大人しくオレンジジュースを頼んだ。
ワイングラスを細長くした感じのシャンパングラス(フルート型)で飲んだオレンジジュースは格別だった。お店の雰囲気も手伝って大人の味がした。
ハマダさんは謎のカクテルを飲んでいたが、お酒の知識ゼロのカインにはちんぷんかんぷんだった。
高校生と二十歳には明確な壁が存在しているように思える。
高校に通っていた時は気づかなったが、未成年はたくさんのものに守られていた。
それは法律という明確なものから目に見えないものまで無数に存在した。
高校というコミュニティ、それは小学校でも中学校でもいいが、その組織にいる間は何もかもが約束された。
教室に入れば一緒に勉強する学友たち。部活に入れば目標に向かって一致団結する仲間たち。保護者のように見守ってくれる先生。
進路や就職、社会に出てから必要になるものを手取り足取り教えてくれた。
きっと大人たちは幸せになれる最短ルートを導いているに違いない。
でも、そんな優しい大人たちはもういない。カインは高校生ではないのだから。
今だから分かる。大和丸に乗って職を失い一人きりで行動したカインだからこそ。
社会に出れば一人でやっていかなければならない。
全部、自分で決めるのだ。選んだ結果、成功するも失敗するも全部自分の責任だ。
職を見つけるのも居場所を見つけるのも、お金を得るのにも生き抜くのにも。
高校に行けば簡単に手に入ったものが、いくら探しても見つけられなかった。
ただ茫然と立ち尽くしていたら、あっという間に失っていった。
誰も助けてはくれない。全部、自分一人で戦っていかなければならない。
その点、カインはまだマシかもしれない。タニザキさんの手助けがあった。
しかし油断ならない。
現在、タニザキさん管轄下の軍部に所属しているが、派遣のようなものだ。
いらなくなったら切り捨てられる。それはどこの企業でも同じかもしれないが。
軍は住人の血税でまかなわれている。強化人間が有用性を示せなくなったら終了。動画配信でアイモリclubの視聴数が伸びなかったら広告収入は入ってこない。
小学校や中学校、高校の時のように守られていた存在とは違う。カインは社会人のつらさをひしひしと感じていた。
目の前にいるハマダさんは懸命に戦っている。
大和丸に乗り、家庭教師やデート屋を切り盛りしてアイドルにまでなった。
今はアイモリclubの活動と並行して声優の勉強をなされている。
彼女に恩返しするにはプロデューサーとして頑張るしかない。
それなのに遅刻。カインはもう一度、土下座したい気分に襲われた。
オミナやメリーも同様に。本業を休んでまでアイドルに付きあってくれている。
後悔の念に駆られたカインは、すべてを振り払うようにお酒を一気飲みした。
スタートを切ったアイモリclubが沈没しないように舵取るのがカインのお仕事。
失敗を挽回するため、ハマダさんの話に全力で耳を傾けた。
「それで会議の方はどうだったんですか?」
「ええ、私たちってバラバラじゃない。だから今後の経営について話し合った」
今までのアイモリclubを一言で表現するならば自由放任。カインはアイドルたちにすべてを任せていた。
しかし、それではダメだ。と議題に上がった。
寄せ集めのアイモリclubより高校の部活動の方がよっぽど管理されている。
動画配信した今、立派な営利組織。視聴数を稼ぐために努力しなければならない。
オミナ、メリー、ハマダの三人は話し合った。
そしてアイモリclubを管理するための結論に達する。
ハマダさんは一冊の本を取り出した。著者はP・F・ドラッカー。
「今後のアイモリclubを管理するために、マネジメントを学ぼうと思います」
「マネジメント?」
「ええ、アイドル屋のカイン君にはマネジメントを徹底的に学んでもらいますよ」
☆☆
マネジメント レポート
1)自分が成功していると考える企業(売上、利益共に急上昇している、シェアNo1等)のマネジメントについてまとめなさい。
ただし、自分で調べたことを意識して使うこと(例えばミッション、ST、4P、ニーズ、顧客満足など)について必ず触れること。
PPT(A4で6枚のもの2枚以内 12スライド以内)とWORD1枚で!
2)配布資料の事例についてまとめなさい。
WORD1枚以上。
WORDの場合は10.5ポイント
提出期限 次の会議まで ハマダに提出!
☆☆
ハマダさんに宿題を出される。
マネジメントについてまとめたレポートを提出しなければならない。
期限は次の会議まで。つまり一週間後だ。
バーを出たカインはシャワー室と個室がある漫画喫茶に行く。
常連客だ。
共同生活の場にはいまだに戻れていない。
漫画喫茶の費用は動画配信の広告収入から捻出している。アイモリclubの経費だ。
カインは自分の財布で払おうとしたが、オミナたちに頑固として拒否された。
毎日二千円の宿泊費が経費で落ちている。ありがたいことに誰も文句を言わない。
自由奔放にしすぎたせいかもしれない。組織としては失格だ。反省、反省。
ドラッカーのマネジメントと十枚におよぶ配布資料を手元に置き、漫画喫茶の個室にあるパソコンと睨めっこする。
検索エンジンにマネジメントを入力。マネジメントとは? を調べ始める。
☆☆
出典:BizHint HR トップ 戦略人事・経営 マネジメント
https://bizhint.jp/keyword/92326(最終閲覧日2018年2月4日)
『マネジメントとは、直訳すると「経営」「管理」などの意味を持つ言葉です。具体的には、組織の目標を設定し、その目標を達成するために組織の経営資源を効率的に活用したり、リスク管理などを実施する事を言います。
そもそも「マネジメント」は、アメリカの経営学者P・F・ドラッカーが生み出した概念であると言われています。ドラッカーは著書の中で、マネジメントを「組織に成果をあげさせるための道具、機能、機関」と定義しています』
「ふむふむ。僕に言い換えるとマネジメントとは、アイモリclubに成果をあげさせるための道具、機能、機関のことだな」
カインはサイトを下にスクロールする。マネージャーとは、と書かれていた。
『マネジメントを実際に遂行する人を、マネージャーと呼びます。ドラッカーはこのマネージャーについて「組織の成果に責任を持つ者」と定義しています。具体的には、組織の目標を設定し、組織を作ります。そして部下の動機付けやコミュニケーションをはかり、その部下を評価し、それを元に人材育成するという使命を持った役職です』
アイモリclubの目標を設定し、組織を作る。部下の動機付けやコミュニケーションをはかり、その部下を評価し、それを元に人材育成する、それがマネージャーの使命。自由放任で動機付けやコミュニケーションから逃げているカインには耳の痛い話だった。
『①目標を設定する
まず、一つ目は目標を設定する事です。マネジメントを行う場合、その管理者はあるべき目標とその具体的なゴールを指し示す必要があります。そして目標が決まったら、その達成のために何をすべきかを決めます。その上で、社員たちにその目標を浸透・理解させる事が必要になります。
②組織する
次に、組織する事です。目標達成のために必要な活動や意思決定、そして関係などについて分析した上で、その「仕事」を分類します。さらに「仕事」を、「活動」や「作業」に分類し、それぞれの活動や作業について組織づくりを行います。組織には人材が必要で、マネジメントを行う人や実際に仕事を実施する人の人選を行います。
③︎動機付けを行う
次に、動機付け、つまりモチベーションの維持を行います。管理者は、仕事そのものや、インセンティブ・報酬・昇進昇格などによって、部下のモチベーションを維持していきます。これは、上司と部下、双方向のコミュニケーションによって行われるべきものです。この動機付けによって、チームをまとめていきます。
④評価する
次に、評価です。まず、管理者は部下の仕事を評価するための物差しを決定しなければいけません。これは、組織で働く人材、ひいては組織にとって影響力の大きなものです。管理者は、社員が組織全体の成果と自分自身の仕事に対して、きちんと目を向けられるようにする必要があります。その上で、部下の仕事を分析・評価し、その後フィードバックを行います。
⑤人材を育成する
企業にとって、人材は最も重要性の高い経営資源です。管理者のマネジメント次第で、部下の強みを発揮できる事もあれば、その強みを引き出せずに終わってしまう事もあります。管理者は、正しくマネジメントを行い、自身を含めた人材の育成に励む必要があるのです』
カインは大学ノートにメモを取る。ほんらいハマダさんから与えられた課題は、ぶ厚いマネジメントの本を読破し、レポートをまとめることだったけれど、本の内容が難解すぎて読めなかったため、先にネットを使うことにした。
知識は飛び飛びで覚えても身に付かない。初級、中級、上級と段階を踏んでマネジメントを理解しなければ。カインはサルでも分かる簡単なやつから読み進めた。
「長い。後回し。三行でわかるようなやつを読もう。マネジメントを成功させるポイントは?」
『的確な意思決定を行う。コミュニケーション能力を磨く。管理能力を高める。経営科学を活用する』
の四つだった。
「ニュースサイトは難しい。動画にしよう」
動画配信サイトを開き、マネジメントを検索する。
五分でわかるマネジメントの要約動画をクリックした。音声読み上げソフトの声。
顧客とは誰か――ドンッ!
その組織は何をなすべきか――ドンッ!
マネジメントの役割は何か――ドンッ!
①自らの組織に特有の使命を果たす
②仕事を通じて働く人たちを生かす
③社会の問題について貢献する
企業のとは……顧客を想像する――ドンッ!
①マーケティング:
「顧客は何を買いたいか」を問う
②イノベーション:
新しい満足を生み出す。
より良い製品やサービスを供給する。
われわれの事業は何か――ドンッ!
やりがいのある仕事――ドンッ!
①生産的な仕事
②フィードバック情報
③継続学
特有の機能を果たすこと――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
かっこよく終わる動画。漫画喫茶の個室でしこしこペンを握る少年。
「おー、色のついたところしかメモれなかった」
うん、意味不明。なんか笑っちゃうね。独り言が滑稽だった。
カインのマネジメント提出レポート課題はまだまだ続く。




