第5話 強化人間2号ノアイ
共同生活五日目。
ハマダさんと明け方まで飲み明かし、無事帰宅。そのまま部屋に引きこもる。
昼頃。腹が減る。
リビングに行くとオミナやメリーと顔を合わせるかもしれないので昼食は抜いた。
朝帰りし、昼まで爆睡するという情けないプロデューサーと比較して、彼女たちはまじめにレッスンをやっているようだ。トイレに行く途中、耳をすませばアニメの曲とステップの音が聞こえてきた。感心、感心。
「アニメか……」
部屋に戻って自問自答する。
ハマダさんをアイドル声優にすると約束したが、簡単なことじゃない。
大和丸では戦時下ということもあり、アニメ制作をしている会社なんてない。
自主製作アイドルはタニザキさんの協力もあり、なんとかやれているが、アニメになってくると話は別。自主製作アニメなんて素人に手が出せる範囲の話じゃない。
イラストを描ける人がいない。話をつくる人がいない。音響やレコーディングなどの機材一式が足りない。
声優志望一人だけでは成り立たない世界の話だ。
アイドルアニメ大好きのオミナの協力をあおごうにも彼女は制作に関しては素人。
こちらで頑張るしかない。
カインは布団にもぐり、ぼんやりと今後のことを考えた。
動画配信サイトで動画投稿者がアニメ配信をしているなんて見たことがない。
みんなが事実をありのままに伝えて、おもしろおかしく番組をつくっている。
カインも同じように動画投稿できないかを考える。
自主製作映画なんてどうだろうか。
カメラと演者、編集と一人声優がいれば事足りる。
アイドルとアニメ。声優。自主製作映画。強化人間。
点と点が線で繋がる。
みんなが求めている動画。ハマダさんがナレーションできる自主製作映画。
元強化人間ならではのドキュメンタリー番組。
クラーケンと戦う強化人間を題材に映画をつくればいい。オープニングはオミナやメリー、ハマダさんが歌えばいい。アイドルとして初めてのお仕事だ。
「これだっ!」
カインは布団からガバッと起き上がる。そうと決まれば行動あるのみ。
うじうじ悩み、だらだらとした毎日を送ってきた。
アイドルの知識がないと共同生活から逃げてハマダさんと現実逃避していた。
でもカインは思う。できることならなんだってしてやりたい。支えたい。
今後、羽ばたくであろうアイドルたちにできることはなんでもすると誓った。
オミナやメリーの願いは分からないけれども。今後、絶対にかなえてやる。
まずはハマダさんから。彼女の声優デビューを後押しするためのドキュメンタリー映画を自主製作すると決めた。
暗い部屋の明かりをつけ、パジャマを脱ぎ、学生服に着替える。
「僕はお荷物じゃない。僕はお荷物じゃない。僕はお荷物じゃない」
三回唱え、深呼吸する。
アイドルの願いをかなえて彼女たちのモチベーションをあげるのも立派な仕事だ。
腹をくくる。スマホの電話帳からタニザキさんの連絡先を表示する。
クラーケン討伐のドキュメンタリー番組の許可をいただくために電話する。
ドキュメンタリーとは、文学におけるノンフィクションに相当し、取材対象に演出を加えることなくありのままに記録された素材映像を編集してまとめたものを指す。
取材対象者はノアイ。訓練生時代、カインと首席を争った強化人間だ。
取材するにあたっては守秘義務が生じる。
しかし、カインにはコネがある。
元強化人間ならではの繋がりで、一般には公開されていないクラーケンの軍事機密を公開すれば客付きは良いはず。自主製作映画の企画段階は上々。
問題があるとすれば許可がおりるかだ。ノアイが取材を受けてくれるだろうか。
運命の電話は一瞬で終わった。
「いいよ~」
軽っ!? 軽くないっすかタニザキさん?
カインの心配をよそにドキュメンタリー映画の製作が決まる。
ノアイの了承は、タニザキさんの上司権限で強制的に了承させることに。
カメラなどの機材はタニザキさんが貸してくれる運びとなった。
「ぶっちゃけ情報公開制度っていうの? インターネット上でクラーケンの機密情報や強化人間開発政策、聖遺物は全部公開されちゃってるわけ。一般人でも調べれば誰でも情報にたどり着くから、だから面倒事は大丈夫。気にしなくていいよ。カイン君なら良い映画が撮れると思う。頑張ってくれたまえ」
「あ~さいですか~あ~頑張ります~」
「明日からノアイの仕事に密着しよう。今日中に脚本を書いてきてください」
「あ~脚本っすか~あ~わっかりました~」
「それでは明日」
通話が切れる。
学生服に着替えて気合を入れて深呼吸までしたカインは何だったのか。
会いに行って土下座してやろう! くらいの意気込みがまったくの無駄になる。
「情報公開制度なら仕方ないよな」
強化人間のコネで軍事機密を赤裸々にする企画は頓挫し、方針を変更する。
「とりあえず美少女(?)ノアイの密着取材でいいか」
真剣にクラーケンを倒そうと思ったが、企画をシリアスからコメディに変更。
強化人間二号ノアイのひととなりを紹介しつつ、軽い感じで撮影すると決めた。
勝負服の学生服を脱ぐ。引きこもり用のパジャマに着替える。
どのみち外出する予定はないし、連日ハマダさんに会うつもりもない。
声優出演する映画を撮るため長期間不在になります、とハマダさんにメールする。
家庭教師含めオミナとメリーの面倒お願いします、という旨の内容を付け加える。
ハマダさんからの返信は、頑張れアイドル屋! と送られてきた。
「いっちょ頑張りますか」
窓を開けると日が暮れていた。もうすぐ夜。明日までに原稿を完成させなければ。
カインは机にある漫画やゲームを片付けて脚本を練った。
一時間後。
まったく書けない。序盤の挨拶もどき。ノアイの紹介。それから筆が進まない。
パソコンのワードに数行うちこんでは消し、うちこんでは消しを繰り返す。
文章作成なんて高校の国語の時間以来だ。
夏休みの宿題で提出した読書感想文よりひどい。
脚本の書き方なんてわからなかった。
だからドキュメンタリー番組を見てお手本にすることにした。
カインがお手本にしたのは、動画配信サイトのアイドル特集。
地下アイドルのリアルさをドキュメンタリーでやっていた。
同じアイドル業に携わる身として、ほうっておけない話題だ。
最初に出てきた地下アイドルはファン投票によって優劣を決めていた。
興味深かったのは年齢。
特集されたアイドルグループ、彼女らの平均年齢は二十二歳。
二位である彼女ら二十二歳は、一位のアイドルより多くの票を獲得しようと励む。
しかし、一位のアイドルグループの平均年齢は十八歳。
十代の元気よさ、幼さ、若さが二位のアイドルを苦しめていた。
メンバーの最高年齢は二十六歳。
練習でむくんだ足に湿布を貼って若いメンバーを鼓舞していた。
平均年齢二十二歳のアイドルグループは下火の一途をたどる。
二十代の半ばを超えたあたりからアイドルたちは人気に陰りが見え始めるのだ。
カインは自分事のように感じた。
ハマダさんは二十歳。デビューできるぎりぎりの年齢だ。
もちろん妙齢のアイドルも存在する。中には主婦も。
しかし、旦那や子供がいるアイドルはスケジュールの不都合でうまくいかない場合が多い。
オトナの色気を醸し出すハマダさんには最初で最後のチャンス。
ぜひ、アイドルとしても声優としても張り切ってほしい。
その後、ドキュメンタリー番組は続々とアイドルたちの素顔に迫っていった。
事務所が倒産して新しい社長になり、露出の多いグラビアをやらされるアイドル。
グラビアアイドルとしてデビューするも芽が出ずに、AVに転身し、自殺未遂するアイドル。
番組の中で紹介されるアイドルたちは常に戦っていた。
安月給。人気のなさ。体重。ダンスがうまくいかない田舎娘。グラビア。AV。
そのどれもが己の恥をさらしながらも理想を抱き、夢に向かって慢心していた。
どちらかといえばカインは努力してこなかった人間だ。
テストも受験勉強も、部活動も。努力したのは強化人間の訓練くらい。
ドキュメンタリー番組に映るアイドルたちは、自分のしてこなかった努力を、いまだに続けている。
継続は力なり。行動こそが正義。努力している人間はかっこよかった。
「オミナたちに苦労はさせない。絶対にこんな悲しい現実を突きつけてやるもんか」
脚本の参考にはならなかったが、苦労する地下アイドル、ドキュメンタリー番組のリズムの良いナレーション。心にダイレクトに伝わるものがあり、カインはいつの間にか涙目になっていた。
文化祭のノリで歌って踊れるアイドル。それがカインの理想だ。
結局、脚本は必要最低限のもののみで後はアドリブでいくことにした。
ノアイに対して二十ほどの質問内容を考え、適時対応していくつもりだ。
途中、一時間以上あるドキュメンタリー番組を視聴したため、原稿が終わるころにはいつの間に真夜中になっていた。
ワードを紙に印刷して、閉じ、パソコンをシャットダウンする。
廊下に出るとオミナとメリーは寝静まっているのか、船が動く音だけが聞こえた。
顔を合わせずに数日がたった。ハマダさんと遊んだ今でも夜は緊張してしまう。
泥棒のように音を立てずに台所に行き、非常食用の固形物をあさる。
それからタオルを用意して、足音を立てずに廊下を歩き、風呂場に入る。
裸になり、シャワーで体を軽く洗ってから入浴する。
風呂いっぱいに張り詰めた湯が、オミナやメリーの残り湯だと思うと、緊張で頭がいっぱいいっぱいになる。
まるでオミナやメリーの健全さを汚しているような、背徳感に襲われる。
睡眠欲や性欲が襲ってくるのを必死に我慢しながら風呂に入った時に携帯した非常食用の固形物を乞食のように貪り食う。
ヒマワリの種を食うリスのごとく頬を膨らませて固形物を一気に飲みこむ。
喉が詰まり、慌てて湯から這い出ては、蛇口の水に口づけしながら飲む。
なんと無様。女慣れしていないカインは死にそうになるくらいの羞恥心を感じた。
年下の女の子二人と同居しただけで風呂一つまともに入れないではないか。
恥ずかしくて死ぬ。
シャンプーと石鹸を使わずに水だけで全身を洗い、早々に風呂場から脱出した。
☆☆
「三十八度五分。間違いなく風邪だ」
セーラー服に身を包んだノアイがカインの脇から体温計を取り出してつぶやいた。
共同生活六日目。
晴れてドキュメンタリー映画を撮り、アイドルの仕事とハマダさんの声優デビューを夢見ていたカインは、誰もが経験したことのある病魔に襲われた。
風邪だ。原因は判明している。緊張による知恵熱のせい。
昨日、風呂から上がりそのままベッドにダイブするもなかなか寝つけられず。
不純な妄想を延々と繰り広げ、頭のデータ許容量がオーバーヒートしてしまった。
思春期によくある、人間はなぜ生まれたのか、死んだらどこに向かうのかを一晩中考えるようなものだ。今後の同居生活にわくわくどきどき胸を高鳴らし不純な妄想を考え続けた結果、先に体の方がダウンしてしまった。
全然眠れず、朝五時に寒気を覚え、試しに体温計で測ってみたところ微熱。
ノアイと会う予定時刻の一時間前に測ってみると、体温は上がり続け、三十八度を超えてしまった。
仕方がないので、電話で連絡。熱を出してしまい撮影は帳消しになったと謝る。
ここまではよかった。ただの知恵熱だから一日ぐっすり寝ればすぐに良くなる。
問題はここからだ。何の因果かノアイがお見舞いに来ると言い出した。
思い立ったら即実行。
猪突猛進な彼女はあっという間にカインが寝ている部屋までたどり着いた。
快活で行動的。元気印の似合うノアイらしいといえば、その通りだろう。
同居人のオミナやメリーとの挨拶をそこそこに切り上げて、手に持参したスポーツ飲料水とおかゆ、冷えピタシートをもらった。フルーツも少々。
「お前がこんな手のこんだ品物を用意するなんておかしい。誰の差し金だ?」
ノアイなら頭の中を空っぽにして単身で乗りこんでくる。そんなやつだ。
「気づいた? バレちゃしゃーない。タニザキから教えてもらったんだよ」
「やっぱり……コホッ、コホッ……タニザキさんか。ありがたい」
「強化人間、風邪ひくんだ。びっくり。全部機械化して疲れなくすればいいのに」
「風邪は体内が弱っている危険信号だからな。全部が全部、機械になっちまったら、僕らは故障するまで動き続ける。危険信号があるから壊れないで済むんだ」
カインが疲労を感じるメカニズムを、活性酸素を抑える抗酸化物質に着目して説明しようとすると、ノアイは、「難しい話、禁止!」と説明の腰を折る。
狭い密室で若い男女が二人っきりというシチュエーションのはずが、ノアイは別。
なぜか緊張しなかった。まるで男友達だ。
「今日クラーケン狩りに行くんじゃなかったのか。首席さん?」
カナヅチのカインが脱落し、大和丸にいる強化人間ではノアイがトップに立った。
嫉妬を含んだ言い方で聞いてみると、ノアイはアハハと乏しく笑って、彼女にしては珍しく、落ちこんだ表情を見せた。
「取られちゃったんだよね。仕事……」
「ん、どういうこと?」
「お見舞いは口実。本当は相談に来たの。今日タニザキから聞いたんだけど、新たに発見された聖遺物の中に強化人間に非常によく似た人間がいたそうよ。名はセブン」
「それで?」
「セブンは人工知能を搭載している完全自立型の人造人間。要はアンドロイド。クラーケンを倒すための最終秘密兵器がついに見つかったって大騒ぎしてたわ」
「本当にっ!? やったじゃないか!」
聖遺物をつくった過去の人類はクラーケンを支配下に置いていた。
どうやって身を守っていたのか。その答えは書物にあった。
アンドロイドこそがクラーケン支配の鍵を握る、そう著述されていた。
「アンドロイド様のおかげで日本を占拠したクラーケンどもを倒せるぞ。やった!」
悲願だった日本列島の奪還。その可能性が広がった。
カインは喜んだ。なのにノアイは複雑そうな表情を浮かべる。
「全然『やった!』じゃない。聖遺物セブンは聖遺物アイドルのモリよりも有用性が高かった。この意味が分かる?」
ノアイは言葉を続ける。
「聖遺物セブンのせいで私の仕事もアイドルのモリも没収されちゃう。アイドル戦士の育成計画は中止。カインは無職になるんだよ」
「……え、まじ?」
絶句した。
ノアイは何と言った。育成計画は中止?
この一週間、必死になって人を集めてきた。やっと三人集まったのだ。
これからドキュメンタリーを撮って音楽デビューしてアイドル声優をやって……。
そんな、あれやこれやの夢物語が一瞬にして崩れ落ちる。
視界がぐるんぐるん回る。
これからだ。これからもっとうまくやっていける。
そう思っていたのに、めまいがする。
「だから今後どうしようか相談に来たんだけど……ってカイン、大丈夫?」
ノアイの声が右から左に流れていく。
あまりの衝撃に全身が脱力し、必死になって呼びかけてくれる彼女に答えることもできず、カインは気絶した。




