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第4話 アイドル声優ハマダ

 共同生活三日目。


 大和丸の船内をあるニュースが駆け巡る。


 音楽家メリー・ピクフォードが大和丸に移住し、アイドルを目指す、と。


 公式のニュース記者のみならず、噂を聞きつけた動画配信者までもが押し寄せる。


 ことの事態を重く見たカインは一挙手一投足、丁寧に対応した。


 聖遺物アイドルのモリが発見されたこと。モリ専用のアイドルをつくること。


 部屋の前を陣取る十人前後のカメラマンに事細かに説明した。


「グループ名はまだ未定ですが。メリーさんは本日から加入しました」


「それでメリーさんはどこに!? メリーさんのご意見をうかがいたのですが!?」


 ほとんどの記者はカインに興味を示さず、稀代の音楽家メリーを映そうとした。


 そこはマネージャーの仕事。疲れているメリーをかばい事態を収束させる。


 カイン一人で記者の攻撃を受け続けること三十分。記者たちは散開する。


 翌日には朝のテレビでカインのニュースが流れ、一躍時の人になるだろう。


 前評判は上々。あとはアイドル力をあげてライブを成功させるのみだ。


 記者たちに解放され、共同生活用の部屋に戻るカイン。


 台所でお湯をわかし、コーヒーをいれてから一息つく。当面の目標は基礎。


 基礎体力をつけながら、歌や踊りを練習するのだ。


 香ばしい匂いを堪能しながらコーヒーを飲んでいると奥から音楽が聞こえてくる。


 オミナの部屋だ。


 音楽は大勢の女の子が歌っているようだった。たぶんアイドルものだろう。


 昨日、押しかけるように部屋にやってきたメリーの姿が見えないことから、オミナの部屋にいるだろうと当たりをつけ、何をしているのか様子をうかがう。


 女性用の小部屋をのぞいてみると、オミナとメリーは仲良くテレビを見ていた。


「何してるの?」


「アイドルの勉強です」


 口足らずなオミナに代わりメリーが答える。


「ジャパニーズアイドルとは何かをオミナさんに教えてもらっています」


 オミナの持っているアイドル知識はアニメがほとんどだった。歌からダンスまで。何から何までアニメの完全コピー。ゆえに彼女のレッスンはアニメを見て覚え、それを繰り返すことだった。


 たしかにオミナの完コピはすごい。それはカインも理解できる。


 しかし、アイドルのモリはオリジナルしか受け付けない。


 作詞作曲のできていない現段階では、アニメの真似をして練習するのが一番だろうが、いずれはその次元から脱却しなくてはならない。


 振り付けも衣装も全部自分たちで。アイドルになるのは大変だとつくづく感じる。


 熱心にアニメを見て勉強する二人を放置し、コーヒーを片付けてから外に出る。


 カインは迷っていた。


 今は二人に任せればいい。


 勝手に歌やダンスがうまくなり、そのうち最高の音楽もできる。


 しかし、その後がわからない。


 アイドルについて素人同然のカインには手助けできることが一つもなかった。


 せいぜい、さっきやったような、野次馬から彼女たちを守ることくらいか。


 アニメ上映会が終わるまで帰ることができず、暇を持て余したカインはセンター街に向かった。


 気分はブルー。


 飲みたい気分になった。十七歳の未成年なのでアルコールは摂取できないけれど、今を忘れるくらい飲み明かして熟睡したかった。


「ああっ、もやもやする」


 カインは頭をかきむしる。心中は複雑。何度かため息をついた。


 これほどまでに彼を悩ませているのには原因があった。


 それは――女慣れしていないことだった。


 オミナやメリーと雑談する内容が思い浮かばない。


 昨日は緊張しすぎて一睡もできなかった。


 考えてみてほしい。カインは高校に入るまでふつうの中学生だった。


 小学生の時は女子としゃべったことはあったが、よく覚えていない。


 中学に入ると同時に思春期特有の男女の対立が生じる。会話は皆無になった。


 高校になってからはクラーケンの襲撃。異性を気にするどころではなかった。


 そして大和丸での生活。一年間、修行漬けの毎日だった。


 唯一しゃべったノアイも男子みたいなもので、会話の内容は訓練一色。


 世間一般のティーンエージャー(十代の少年少女)がどんな会話をするのか未知数で困っていた。相手が女子ならなおさら。


 俗世間から離れすぎて一般常識や教養がいちじるしく欠如した朴念仁では、日常と呼べる生活を手に入れることが不可能。同居しながら別居しているも同然だった。


 このままでは体がもたない。


 それもこれも女慣れしていない自分が悪い。カインは自己嫌悪におちいる。


 よくよく考えてみると最近、他人としゃべった思い出がない。


 ここ一年、強化人間の仲間やタニザキさん以外と関わり合いがなかった。


 ノアイを含む同期たち。そしてタニザキさん。


 彼らの組織を抜けて初めて思い知った。自分はコミュ障なのだと。


 上から命令されたことをただ遂行するだけの強化人間ではダメなのだ。


 独立して初めて、自分で行動しなければいけないことを知った。


 女慣れてしていないコミュ障のままではポンコツなのだ。カナヅチの置物だ。


 誰も助けてはくれない。緊張して寝不足になるのを自分で解決しなければ。


 このままではアイドルをつくる以前に死んでしまう。


 カインは藁にもすがる思いで模索した。


 女に慣れるためにキャバクラやガールズバーに行こうか迷った。


 センター街の歓楽街を探してみる。


 そして、年齢制限があることに気づき諦めた。第一金がない。


 どうしようか悩み、前の通行人に付き従ってセンター街を意味もなく練り歩く。


 何気なしにスマホで時間を確認し、オミナのメールを再読する。


 ほんの時間つぶしのつもりだった。しかし、メールの内容に解決策を見出す。


「家庭教師。ハマダさん。デート屋?」


 デート屋。なんて甘美な響きだろうか。もしかしたら女慣れできるかもしれない。


 未成年でも大丈夫かつそれほど料金のかからない商売。それでいて知り合い。


 これは即お願いするしかない。


 カインはハマダさんの連絡先を表示して電話する。


 オミナとは別件で仕事を依頼した。


☆☆


 デート屋。電話でハマダさんから詳しく聞くと、それは恋人代行サービスみたいなものだった。


 キャバクラやガールズバーが女性定員による接客商売だとするならば、デート屋は何でも屋に位置し、恋人代行サービスを売りに商売している。


 もともとハマダさんは何でも屋や探偵業を始めようと思っていた。


 しかし、彼女には多くの人脈やすぐれた推理力などなかった。


 せいぜいが浮気調査や迷子になったペットの捜索らしいが、ハマダさんは別の道を考えた。


 それが家庭教師をすること。そして、デート屋として恋人代行することだった。


 大和丸で商売を開始して学校に通えなくなった子どもは多い。


 また、クラーケン襲撃で身内を失い、傷ついた人も多い。


 そんなターゲット層にハマり、家庭教師やデート屋は大当たりした。


「中には女性客が恋人代行サービスを頼むこともある。避難した船によっては家族や友達が離れ離れだから、みんな人との会話を求めているの」


 夕方の六時。センター街にてハマダさんと待ち合わせした。


 オミナの家庭教師として一度お会いしたことがあるのだが、そのときのハマダさんは肩にかからないほどのショートヘアの黒髪でおでこを出していた。しかし、今、横を歩いている彼女はロングヘアの金髪だった。なぜかキャバクラドレスを着ている。


「いつもはもっと地味な服なんだけど。久しぶりの若い子だから気合入れてきた」


 だそうだ。


「なんで金髪になったんですか。たしか黒髪だったはずじゃ?」


「これウィッグだから。作り物の金髪。綺麗でしょ」


「その衣装。恥ずかしいんですけど」


「大丈夫。胸元は開いてないし。歓楽街にいったらみんなこんなもん。普通だから」


 小悪魔的な笑みを浮かべるハマダさんに会話をリードしてもらう。


 会う前に電話で、「女性慣れするためにデートをお願いします」と言ってあるのだけれど大丈夫だろうか。心配になってくる。


 カインは女性と親しくなりたいわけではない。


 同居しているアイドルたちと普通に接し、安眠がとれるだけの度胸がほしいのだ。


 とりあえずカラオケにいくことにした。その前にプランを決めてしまう。


 デート屋の料金プランはハマダさんの裁量次第。


 基本は一時間三千円が相場らしい。現にオミナの家庭教師代は一時間二千円だ。


「オミナやメリーと話そうとすると、どうしても緊張してしまうんです。今後、彼女らを支えようっていうプロデューサーがこのありさまじゃダメですよね。何か解決策はありませんか?」


 カインは恥を忍んで相談する。昨日、寝れなかったことやうまくしゃべれなかったことも伝えた。


「うーん。今までのお客さんと違うね。カイン君の場合、デートを楽しむというよりもコミュ力をあげたいといったところか。じゃあ、ちょうどいいのがある。毎日私とおしゃべりするの。一時間、二千円。オミナちゃんの知り合いだから、楽しそうだし私のプライベートで女性苦手を克服してあげてもいいよ」


「本当ですか。ありがとうございます!」


 破格の料金プランだった。一時間、二千円。デートの後もアフターで女性が苦手なのを克服するために付き合ってくれると言われた。しかも無料。


「これも何かの縁。大和丸のためアイドル屋を全力で応援しよう」


 その日の一時間はつつがなく終了する。カラオケに行き、ハマダさんのセクシーな声でアイドルソングを堪能し、デート屋が終わった後もずっとカラオケに居座った。


 カイン自身、家に帰りたくないというのが本音だった。


 オミナとメリーのいる空間に行くと緊張で反吐が出そうになる。


 ハマダさんの行為に甘えて、朝までカラオケにこもることにする。


 もちろん支払いは全部カイン持ちだ。


 ハマダさんの歌声を聞くと子守歌となり、睡魔が襲ってくる。


 カラオケ室のソファーに横になり、上着を毛布代わりにする。


 昨日、徹夜してしまったときの緊張感が嘘のように消え、熟睡した。


 カイン自身気づかなかったが二十歳で色香たっぷりのハマダさんはどこか現実離れした雰囲気があり、異性として意識せずにくつろげた。


 この感覚が癖になり、毎日ハマダさんに依存してしまうかもしれないが若い彼には睡眠をとるのに重要なことだった。もしかしたらいつか自室に戻り、ぐっすり眠れる日が来るかもしれない。


 女性苦手克服作戦の記念すべき一日目は上々の出来で幕を閉じた。


☆☆


 共同生活四日目。


 気がつくとハマダさんは消えており、仕事があるので先に帰ります、という内容の置き手紙とカラオケの支払いが残されていた。


 昨日、あれだけ自分が支払うと主張したカインだったが、了承してくれなかった。経済力のある年上のお姉さんに甘えることにしてカラオケ代をちょうだいする。


 カラオケ室で起床し、股関節の痛みを揉みほぐしてオミナに連絡する。


 昨日、勝手に外出しあまつさえ家に帰らなかったことを謝罪。


 今日も各自でアイドル力を磨くように指示する。


 オミナからはAAを含んだ長文の返信をいただいたがそれには返事しなかった。


 トイレで身だしなみを整えてからカラオケを出る。


 ハマダさんと夕方の六時に待ち合わせをした。それまで暇だ。


 一人になったカインは時間つぶしのためにセンター街の映画館に入った。


 結局のところ、女性苦手を克服しなければ現場に戻れない。ならば焦らずにハマダさんで慣れていくしかない。どうしようもない不安をかき消すためにも少しでも気のまぎれる作業に没頭したかった。没頭するのに映画は有効な手段たりえた。


 アイドルアニメの映画だった。


 画面に出てくる絢爛けんらんな女の子たちの歌や踊りはアニメ映画とはいえ圧倒されるものがあった。


 三十分。一時間。二時間と時間はあっという間に過ぎる。そして気づく。


 今のカインたちに足りないものは支えだ。


 苦しい時やつらい時にこそ支柱となる人物が必要になる。部活でいうならばキャプテン。新しいアイドルグループのリーダーが必要だった。


 センターは一番フレッシュなオミナとして、リーダーは……?


 一人しかいなかった。カインやオミナを支え、励ましてくれる人物。


 映画を見終えて今後の方針を練るために図書館に行き、時間をつぶした。


 夕方の六時。また同じ場所でハマダさんと再会する。


 今日はキャバドレスではなく白を基調とした清楚な服装だった。


 家庭教師の後かもしれない。しかし、髪型は金髪のロング。ウィッグだった。


「こんばんわ。今日は公園に行ってお話ししましょう」


 何気ない雑談をまじえて公園に向かう。


 センター街の隅にある公園は人の気配がなく閑散としていた。


 伝えるならばここしかない。二人で隣り合ってベンチに座り、話を切り出す。


「あの、ハマダさん。お願いがあります」


「何かなアイドル屋?」


 愛の告白みたいで緊張した。でも伝える。


「僕たちと一緒にアイドルを目指しませんか?」


 図書館でいろいろ調べた結果。アイドルは二人組の方がバランスが良いらしい。


 例えば初代プリキュア。


 おしとやかな白と元気いっぱいの黒でバランスが取れている。


 漫才コンビのボケとツッコミにも当てはまるかもしれない。


 凸凹な二人組の方が印象に残りやすく成功しやすい。


 そう考えた場合、カインたちはオミナとメリーの二人組ユニットが似合っている。


 でもそれだけじゃ足りない。支えてくれる人が、まとめ役が、必要なのだ。


「僕たちのアイドルグループにハマダさんが必要なんです。お願いします」


「えっと、でも、私デート屋だし。なにより年齢も二十歳なのよ」


「年齢は関係ありません。お客さんを元気にするのに職業の貴賤きせんなし。デート屋でも立派なアイドルになれますよ」


「いやいや。いいよ」


 ハマダさんが両手で遠慮する。押せば落ちそうだった。


「ハマダさんは何かなりたかった職業ってありますか?」


「ええっと、声優かな? 昔から声が良いってのは褒められたんだ」


 カインは閃く。オミナやメリーはアイドルアニメでアイドルを勉強していた。


 デート屋や声優だってアイドルになれる。そんな時代なのだ。


 アイドルアニメの中の人だって十分にアイドルの素質あり。


 現に声優が歌手になり、アイドルになってライブをし、紅白に出場したことだってある。


 パチンッ。カインは指パッチンする。


「それです。一緒に声優を目指しましょう。そしてアイドル声優になるんです」


「――ええっ!?」


 アイドルアニメ完コピのオミナ。


 作詞、作曲を手掛けるアイドル音楽家メリー。


 そして、みんなを支えるリーダー。アイドル声優のハマダ。


 凸凹ながらもそんな三人が集まれば無敵だ。何だってできる気がした。


「私ね。昔、声優の専門学校に通ってたんだ。でもクラーケンに襲われちゃってね。彼氏も死んじゃった。だから心を埋めるためにデート屋を始めたんだけど……」


 アホ毛のついた金髪ロングのウィッグを取り外す。真剣な表情だ。


「こんな私でも、アイドルとして、もう一度声優を目指してもいいのかな?」


「大丈夫ですよ」


 カインは静かに答えた。


「僕が何とかします。ハマダさんのために最高のアニメをつくって声優デビューしてたくさんの人に元気を与えます。最高のアイドル声優になってもらいますよ」


 根拠なんてない。でも絶対に大丈夫。ハマダのセクシーな声はカインを魅了した。


「ありがとう!」


 唐突にハマダさんに抱きつかれる。双方の柔らかな感触に緊張して体が固まる。


「私、仕事の量減らすね。今後はオミナちゃんの家庭教師とカイン君のデート屋だけに絞って仕事する。残りの時間は全部アイドル声優になるために頑張る」


「ああ、えっと、はい、ありがとうございます」


 興奮のあまりカインは鼻血を出す。女性に免疫がないのだから仕方ない。


 こうして声優志望ハマダは仲間になった。

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