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第17話 千秋楽

 大和丸に避難誘導が出され、大勢の市民が小型船で逃げることになった。クマタニは日本政府に引き渡すため輸送艦に積まれた。


 甲板にて五人の少年少女がツアーファイナルを飾るべく設営に取り組んでいる。何もない船の上だが、簡単な機材を取り付けるだけで学園祭のような舞台装置の完成だ。


 生身の観客はいない。いるのは目の前に広がる大きなクラーケンとノアイが設置するカメラのみ。観客はアイモリclubの生配信を見てくれるすべての人たち。


 甲板の隅に一台のヘリが待機している。もしアイドルのモリが効かないと判断した場合、すぐヘリで逃げるよう命令されている。運転手はノアイ。同じ強化人間の同期ながら何でもこなせるやつだとは思っていたが、まさかヘリまで操縦できるとは驚いた。カインはステージを照らす照明の角度を微調整する。


 彼らに残された猶予はわずか一時間ほど。


 大和丸の避難民を小型船に乗せる作業に一時間ほどかかった。


 大型のクラーケンは大和丸を破壊するように命令を受けた。船員を逃がしたのだから人為的被害は出ないだろうけれど、大和丸の中には大切なものがたくさん残されている。カインもそう。アイモリclubと共同生活した部屋やお世話になった漫画喫茶、強化人間の訓練で使ったジム。施設、モノ、私財、そんな大切なものを大和丸の船員はすべて置き去りにし、身一つで逃げ出した。大和丸が沈没した時の被害額は計り知れない。


 クラーケン到達まで残り三十分。すべての作業が完遂する。カメラの撮影テストをしてみたが、ばっちり。繋いだパソコンの画面からは多くのコメントが寄せられた。アイモリclubのファンばかりだと思っていたが、大多数は大和丸を逃げ出した人たちだった。みんなが手元の情報端末でアイモリclubの映像を入念に見、応援している。


『頑張れ』、『負けるな』、『クラーケンをぶっ潰せ』、『船をお願い』。


 大なり小なり様々なコメントが流れる。そのすべてはアイモリclubの背中を押すものばかりだった。当然である。大和丸は第二の故郷なのだ。この一年間、日本の代わりにずっと過ごしてきたみんなのふるさとだ。簡単に沈められてはたまらない。


 カインは深呼吸した。大型のクラーケンを倒すのに必要なレベルは百。今まで試した中で最高の点数が三十。到達できるはずがない。しかし、やらなければならない。


「ノアイ、中継の方は大丈夫?」


「おっけい。きちんと映っているよ」


「じゃあ、始めようか」


 カインはもう一度深呼吸した。両隣にアイモリclubの面々が並ぶ。


 ノアイがカメラで撮影する。カインは喋り始める。


「ハロー。視聴者の皆さん。僕はアイモリclubのマネージャー、カインと申します。今、僕たちの船、大和丸は危機に瀕しています。大型のクラーケンに狙われているのです」


 これまでの経緯を事細かに説明した。クマタニがテロ行為で大和丸を占拠したことは世界中の人が知っている。その流れを汲み、現在、クマタニの最後の悪あがきとして大変なことになっているのだと訴えかける。


 アイドルのモリが百レベルになれば大型のクラーケンが倒せるのだ。


 カインは残りのアイドル力を中継を見てくれる視聴者に託すことにした。


「どうか力を貸してください。僕たちはアイドルのモリで大型のクラーケンを倒すつもりです。でもアイドル力が足りません。皆さんの歌声を届けてほしいのです」


「お願い」、「助けてください」、「強力をよろしくお願いします」


 アイモリclubの三人も必死になってお願いする。


 残りの三十分。制限時間を視聴者集めに費やす。


 クマタニが日本政府を奪おうと企んだ計画は全世界でニュースとなり、交流サイトなり掲示板なりで話題になった。その続報として、大和丸の状況を全世界にニュースで流してもらった。各国の首相や大統領、それに準ずる人たちも躍起になって国民にアイモリclubの生放送を見るよう指示した。


 大型のクラーケンは今や世界中で問題になっている。聖遺物セブンは人類の救世主であり、アイドルのモリは希望だった。


 セブンが強制待機モードになっている今、全世界がセブンなしで大型のクラーケンを倒せるのかと興味津々になっていた。カインの言葉は同時通訳され、ネット配信された。野次馬は増え、支持者に変わり、アイモリclubの視聴者は億単位を超える。


「今から歌うスタートいう曲を練習します。皆様、一緒に歌ってください」


 カインが音楽をかける。オミナもメリーもハマダも一緒になって歌った。


 ある国の小学生が通学路でアイモリclubを応援していた。通勤中のサラリーマンがアイモリclubを応援していた。ある国の黒人男性が畑作業をしながらアイモリclubを応援していた。ある国の白人女性がスーパーで買い物しながら街頭テレビでアイモリclubを応援していた。ある国の金持ちが、ある国の貧民街のホームレスが、ある国のお偉いさんが、ある国の奴隷が、すべてが人類の脅威となるクラーケンを討伐するため、アイモリclubの生放送を見て応援していた。


 同時刻。某小型船の医務室にて。セブンが目を覚ます。


「やあ、おはようお姫様。気分はどうだい?」


 視界に飛びこんできたのはタニザキだった。


「タニザキか。気分は最悪じゃ。強制待機モードのせいで首から下がぴくりと動きもせぬ」


「クマタニの命令で大型のクラーケンを動かしたのを覚えているかい?」


「すまぬな。意識はあったが体が言うことを聞かなかった。元飼育員として、クラーケン操作は医療行為とみなされるのじゃ」


「悪いのはクマタニだ。君じゃない。それよりもこれを見てくれるかい?」


「これは?」


 首しか動かいないセブンの見やすい位置に、タニザキはスマホを掲げる。


 映っていたのはカインとアイモリclubの面々だった。今まさにクラーケンを打ち取るための、歌の練習をしていた。


「なんじゃこれは?」


「君が呼んだ大型のクラーケンを倒すべく立ち上がった愛すべき馬鹿どもだよ。特に中央の男の子は君と相性が良かっただろう? 私の睨んだ通りだ」


 タニザキがにやりと笑う。セブンがすかさず突っこむ。


「ただの阿呆じゃ。ゲームで世界一位を取ることもできないただの変態じゃ」


「でも、その阿呆が、今は、世界中を動かしているんだよ。信じられるかい? 彼は全世界から応援されているんだ」


 タニザキは歓喜した。逃げることしか考えれらなかったあの状況で、カインという男は全世界のアイドル力をアイドルのモリに集めて大型のクラーケンをぶっ倒そうと提案してきたのだ。カナヅチだった一介の高校生は、世界一のクラーケンハンターへ成長する。


「熱い。さあ、我らがお姫様。愛弟子のためにアイドル力を届けようか」


「タニザキ。ちと、子どもっぽいぞ」


 タニザキがムッとする。セブンはすぐに訂正した。


「冗談じゃ。さあ、歌おうかのう。我らが最愛の弟子に向けての応援歌じゃ」


 一時間後。大和丸の甲板にて。大型のクラーケンが景色と一体化する。


 左を向いても、前を見ても、右を向いても大型のクラーケンしか見えない距離まで接近する。


 準備は万端だった。練習をやめてカインがカメラに向かって呼びかける。


「ありがとうございました。今からラストステージを始めます。皆さんも曲に合わせて歌ってください」


 画面からフェードアウトしたアイモリclubが舞台に立つ。


 モリが三十レベルに達し、中型のクラーケンを倒した時と同じライブを行う。


 しかし、彼女たちはあの時と同じではない。マネジメントを頭に入れて個人で営業を繰り返し、ダンスレッスンに歌唱力にと、この一か月間、猛特訓を積んできた。


 カインが一か月間、ゲーム三昧で大切なことを学んだのと同時に、アイモリclubのメンバーだって一生懸命になってレベルを上げてきたのだ。絶対に勝てる。三人が、そう祈りながら、ライブをスタートする。


 前菜はアイドルアニメの曲を歌った。オミナの十八番だ。カラオケボックスで懸命になって踊って覚えた曲だ。センターのオミナが光り輝いていた。


 カインがアイドルのモリを構える。レベルが少しずつ少しずつ上がっていく。


 ノアイがカメラとパソコンを両方チェックする。視聴者数とコメントがぐんぐんと伸びていく。ノアイ自身、意気揚々と歌い始める。アイモリclubの持ち歌はすべて完コピしていた。カインのモリへとアイドル力を送った。


「いいぞ、もっとだ。もっと僕にアイドル力を分けてくれ」


 カインの持つアイドルのモリのレベルが二十を超える。


 大型のクラーケンは大和丸を押しつぶそうと寸前までに迫る。


 押し寄せる津波が大和丸を揺らし、アイドルたちの足場を悪くする。それでもアイドルたちは必死になって堪えた。毎日、大和丸で生活しダンスレッスンした彼女たちの脚力は半端ないほど強くなっていた。


 揺れにも負けず、津波にも負けず、アイモリclubは音楽を世に奏でる。


 三曲ほど軽く流してから、本当の本番が来る。自分たちだけで作り上げたオリジナル曲『スタート』。それを全世界に放映するときが来た。オミナががちがちになって緊張する。


「大丈夫、オミナ。私の音楽は世界に通用する」


 メリーが緊張したオミナの肩へ手を伸ばす。


「メリーちゃん……」


 オミナの緊張が半分解ける。


「任せない、オミナ。私の作詞はグローバルだから」


 ハマダが小声でオミナを励ます。


「ハマダちゃん……」


 オミナの緊張が完全に解ける。モチベーションMax。


 センターとしての自信をみなぎらせる。最大限の笑顔で宣言した。


「私たちが心をこめて作った最後の曲です。ラストライブ、スタート!」


 固まったオミナが動き出し、左右のメリーとハマダもセンターの動作に倣う。


 この一か月間で振り付けを考えて変えた。なかなか会えなくても都合をつけて毎日のように顔を合わせ、カインを驚かせようと振り付けを話し合ったのだ。


「みなさんも歌ってください!」


 オミナが高らかにお願いする。アイモリclubで一番の輝きを発していた。


 オリジナル曲『スタート』が全世界に流れる。視聴者が歌い始める。何億ものアイドル力が一斉にアイドルのモリへ届けられる。


 甲板では、オミナ、メリー、ハマダ、ノアイ、カインの五人が懸命に『スタート』を歌っていた。しかし、それだけではない。カメラを通して生中継されるカインたちに世界中の何億という人間が一斉に『スタート』を口ずさみ、元気を届けていた。


 アイドルのモリのレベルはぐんぐんと上昇する。


 三十、四十、五十、六十、今までにない高エネルギーがモリに集約されていく。


 七十、八十、九十、九十九……。そして、千秋楽を飾るにふさわしい最後の花火を打ち上げるために。アイドルのモリが振りかざされる。


 カインは叫んだ。みんなの思いのこもった歌を。百レベルに到達したモリを、力の限り、ぶち放つ。


 オミナ、メリー、ハマダ、ノアイ、カイン、五人だけじゃない。


「五人だけじゃない。僕の集めたこの歌は、七十億の絶唱だぁあああ!!!」


☆☆


 その日、全人類は大きな花火を目撃する。のちのアイドルのモリ事件と呼ばれる、人類が初めて聖遺物と協力して大型のクラーケンを倒した聖なる日は後世に語られることになる。


 事件の首謀者であるクマタニ被告は、日本政府を脅迫した罪などにより、重い刑の執行が決まった。しかし、精神鑑定により問題ありとみなされ、一命を取りとめる。誰もいない牢屋の中で余生を過ごし、老衰のためひっそりと息を引き取ったと伝えられた。


 アイドルのモリ事件以降カインは全世界から賞賛された。アイモリclubは動画配信サイトで視聴者数ナンバーワンのアイドルグループに変貌を遂げた。


 それはもう少し後のお話。


☆☆


 見事、大型のクラーケンを倒したカインたち。


「やった。勝ったんだ。僕たちは大型を倒したぞ!」


 カインがガッツポーズすると、ライブを終えたアイドルたちが飛びついてくる。


「やったね童貞。お礼に胸触っていいよ! エッチ!」


「ちょっとオミナ。筆おろしするのは私です」


「メリー。まだ生放送が終わってないですよ。静粛に!」


 オミナに抱き着かれ、メリーにくしゃくしゃにされ、最後にカイン含め三人仲良くハマダさんに叱られる。ノアイも羨ましそうに輪の中に入る。


「大丈夫。寸前に放送を切ったからオミナやメリーちゃんの問題発言は流れていないよ。それにしても童貞君。モテる男はつらいね。お姉さんが相談に乗ってあげるよ」


「お前まで一緒になってからかうな!」


 カインが怒ると、童貞発言したオミナやノアイは楽しそうに、「キャーキャー」と言いながら逃げ出す。


「もう、筆おろしの件は本気ですのに」


 メリーの独り言は残念ながら、誰にも聞こえることはなかった。


 こうして、大和丸最大の危機は、カインとアイモリclubと全世界の人たちのおかげで事なきを得た。

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