第16話 カインVSセブン
駆けだしたカイン。クマタニまであと半分といったところでセブンと交戦する。
そこに型のはまったスポーツのような戦いは皆無だった。
ケンカ殺法。何でもありの殴り合いを繰り広げる。カインが右ストレートを放てばセブンが手のひらで受け止め、すかさず空いたセブンの脇腹に左足を叩きこむ。
セブンが右側に吹っ飛ぶ。
機械的な動作をするセブンに何でもありの格闘技は弱点を突くようなものだった。
ノアイとの稽古で得た戦闘センスを全力で発揮し、セブンに拳を叩きこむ。
甲板の柵にぶつかったセブンに、なおを追撃を加える。
左、右、左、右、左、右と拳のラッシュを叩きこむ。
カインの戦闘は美しさと程遠いところにあった。なにせ去年まで普通の高校生だったのだ。強化人間となり、身体能力の増強された今でも訓練は続けているが、ケンカは見様見真似な幼稚なものだ。
それでもセブンに確実に攻撃を与えている。攻撃は最大の防御。手を休めなければ相手から反撃をもらうこともない。
「――ハッ!」
とどめとばかりに右足のケリを放つ。柵がぶっ壊れ、セブンが海に投げ出される。
カインは振り返り、クマタニの方を見る。
「次はあなたの番です」
額をさすったクマタニは大きな笑い声をあげた。
「はっはっは。愉快、愉快。たかが強化人間ごときでセブンにダメージを与えられると思っているのか」
「何?」
カインの後ろからクマタニの声がした。
「手加減していたのだよ。性能の差というものをみせつけるためにな」
瞬間、後ろを振り向き、両の手でガードしたが、セブンの圧倒的な打撃になすすべなく、今度はカインが甲板の左側の柵へ吹っ飛ばされる。
左腕と右腕が壊れるかと思うほどの強烈な一撃。大和丸に追突されたような衝撃が走る。背中に痛み。ぶつかった柵が歪み、あやうくカインが海に投げ出されるところだった。
セブンは空中を浮遊し、優雅に甲板に着地する。見たところノーダメージ。
カインのケンカ殺法はただの子どものお遊びに過ぎなかった。
「やっぱり化け物だな、あいつ」
やっとのことで立ち上がる。強化人間といえど、生身の部分もある。口の中が出血する。大きなダメージを負った。
「大丈夫かい。私にできることはないか?」
スマホに耳を当て、強化人間たちと連絡をとっているタニザキさんが心配する。
カインは、アイドルのモリがほしい、と要望を出した。
「わかった。任せてくれ」
戦闘の邪魔になると判断したタニザキさんは甲板を出ていく。雑魚に用はないのかセブンは見向きもしなかった。
カインとセブンが対峙する。一方は瀕死。もう一方はぴんぴんしている。
クマタニの声をしたセブンがしゃべる。
「拳銃も強化人間も私には効かない。いくらお前らが抵抗したところで聖遺物セブンはすべてを破壊しつくす。諦めて降伏しろ。日本政府からは条件を飲むとのお達しが来た。お前たちが戦う意味はもうない」
「やだね。僕はお前が政治主導する国なんか絶対にご免だ。必ず逮捕する」
「ほざけ三流。とどのつまり貴様は一介の高校生でしかないのだ。経世済民の意図がわからない下等な存在だ」
「大和丸を人質にしてテロ行為をした犯罪者に国を統べる資格はない」
「ならば眠れ」
クマタニがガスマスクを取り出して顔に装着する。セブンの気化攻撃が始まる。
甲板を覆いつくす睡眠ガス。セブンの生成した毒ガスが充満する。一呼吸で麻痺し昏倒する代物だった。
カインは何もしない。ただ呼吸を止めることで睡眠ガスをやり過ごす。
「そういえば強化人間は無呼吸で三十分を耐えることができるのであったな」
無駄だと判断したクマタニが気化攻撃を取りやめる。
カインはセブンから聞いた弱点を思い出していた。
セブンは医療用アンドロイド。戦闘は打撃よりも医療行為を得意とする。
例えば、生物をスキャンし、その生物の天敵となるウィルスをつくり、投薬する、毒攻撃。例えば、生物を眠らせる睡眠ガス攻撃。ファンタジーでいう状態異常攻撃が得意なのだ。
状態異常攻撃を防ぐ手立てはいろいろあるが一番簡単なのが呼吸しないこと。
カインにはそれができた。
通常の人間ならばガスマスクをしても空気感染や皮膚感染で状態異常にすることが可能だった。しかし、こと強化人間となればその皮膚は特注でできており、セブンの攻撃を通すことは不可能だった。
セブンの弱点その一、状態異常攻撃を防げば何とかなる。
甲板を覆い隠した睡眠ガスが霧散するのを待ち、カインは口を開く。
「なぜ攻撃してこないんですか、いや、できないんでしょう?」
「このクソガキィ……」
クマタニは怨嗟の声を上げる。
セブンの弱点その二、専守防衛である。
セブンは安全装置があり、気軽に人間に危害を加えることができない。セブンが人に危害を加えるとき、それすなわち主人が危険にさらされたときに限る。
クマタニは高らかに強化人間どもを滅ぼすと宣言したが、それは無理な相談だ。
なぜならセブンはクマタニを攻撃する者にしか攻撃を加えることができない。現に今、セブンは攻撃してこない。最初に一発、重い一撃をもらったことでセブンの攻撃対象から外れたのだ。再度セブンがカインを攻撃するには、カインが自発的に攻撃しなければならない。
「セブンは人間の命令とはいえ、他へ攻撃をしかけることなく、他から自己の領域が攻撃を受けたときに初めて、その領域周辺において自己と主人を守るためにのみ武力を用いる。睡眠ガスは医療行為とプログラムを騙せても、殴る蹴るの暴行は武力行為ですよね?」
「ほほう、下等な分際でも多少は頭が回るではないか。その通りだ。大和丸全員を眠らせた気化攻撃は医療行為とみなされ、私がお前を殺そうと命令したのは武力行為とみなされる。だからどうした? お前が私もしくはセブンを攻撃したときは今度こそ一撃のうちにほふってみせよう。このままでは埒が明かぬぞ」
「いいんですよ。僕としては時間が稼げればそれで万々歳です」
カインは立ち上がる。セブンから受けた攻撃はひどいものだったが、一命を取り留めた。相手からの追撃はない。気化攻撃も呼吸を止めさえすればどうにかなる。あとは、あれさえあれば勝てる。
「小僧。何を待っている。アイドルのモリか。だからどうした? セブンを攻撃した瞬間、セブンはモリを避けて貴様の息の根を止めるぞ」
「別に大丈夫ですよ。僕たちはセブンに勝つ必要はない。ただ、ちょっとの間、海洋を遊覧してもらうだけで結構なんです」
「何、どういう意味だ?」
クマタニが疑問を口にした刹那。それは訪れた。甲板の入り口が開く。
「待ってました」
カインが勝利を確信する。入り口から甲板に躍り出たのは我らが勝利の女神ノアイであった。
ノアイは手にしたアイドルのモリをカインに投げ渡す。
「カイーン。新しいモリよ!」
「ほい。サンキュー」
カインは放たれたモリをがっしりと掴む。後は投げるだけだった。
「それじゃ。セブン先生。海洋の旅を楽しんできてくださいね」
右腕を思いっきり振りかぶり、セブンに狙いを定める。
クマタニが呆れた声を上げた。
「無駄だ。セブンの反射神経があればモリを避けることは容易い。モリを空中で撃墜することもできる。血迷ったか、小僧?」
カインは気にせず、そのまま右腕を振り下ろし、レベル一のまま、アイドルのモリをセブン目がけて投げ放つ。
この時、クマタニが知らない最後の弱点をカインは思い浮かべる。
セブンの弱点その三、一瞬だけ強制モードに割りこむことができる。
沖縄からの帰り道。カインは強制モード中のセブンに、合言葉を使えば、一瞬だけ通常モードのセブンになることを聞いた。そして、合言葉を設定した。
カインはアイドルのモリを放つと同時に叫んだ。
合言葉は、
「小学生のおパンツ見たい!」
冗談のような本気の言葉。セブンの指示に従って、普段は絶対に使わないワードを合言葉に仕込んだのだ。
咄嗟の出来事だった。
「呼んだかのう?」
通常モードに戻ったセブンは、「そのまま固まれ!」と叫んだカインの言う通りに停止した。
クマタニは信じられないものを見た表情を浮かべる。まさか強制モードのセブンがあんな阿呆な言葉で通常モードに戻るとは思ってもみなかった。完全に予想外だ。
甲板に衝撃音が走る。セブンを串刺したモリはそのまま飛んでいく。
頑丈なセブンは無傷のまま。しかし、モリの運動エネルギーによって明後日の方向に消えていった。いくら飛行能力をもっているセブンとはいえ、もう簡単には帰って来れない位置まで吹っ飛ばされる。
カインの勝利だった。
「僕たちの勝ちだ。負けを認めな、クマタニさん」
「ははは、ははは、はっはっは! 面白い。面白すぎるぞ。小僧」
クマタニは天を仰ぐ。最後の切り札であるセブンを失っても彼は微塵も落ちこんだ素振りを見せなかった。むしろ開き直り、ずっと笑っている。カインには、その姿がひどくおかしく見えた。狂人のそれだ。クマタニは狂ってしまったのだと憐れむ。
ほうけているカインをよそに、ノアイはクマタニの元に直行し、手錠をかける。
早朝。午前三時七分五十六秒とコンマ四。クマタニ確保! とノアイが宣言した。
「タニザキさんに連絡して日本政府に伝えるんだ。クマタニを無力化した。大和丸の乗員は全員無事。繰り返す。大和丸の乗員は全員無事だ」
「あいあいさー」
ノアイがクマタニを引き連れて甲板を後にする。
最後にクマタニがカインに向けて、
「私は負けた、が、まだだ、まだ終わってはいないぞ、小僧」
と怨嗟の念を吐いたのだけが気になった。
☆☆
数時間後。目を覚ましたアイモリclubのメンバーと面会したカインは泣いて喜ばれた。クマタニを逮捕した英雄として称えられ、メンバーに抱きながら感謝された。
オミナは狙って胸を押し付けてカインを困らせ、メリーは肉食獣のそれを彷彿する動きでカインに迫った。ハマダさんは海外の挨拶のような感じでハグした。
急遽、船内放送が入る。カインとアイモリclubの面々が呼び出される。
アイドルのモリが返ってきたのはそんな時だった。串刺しにしたセブンは無傷ではあったが、うんともすんとも動かなかった。
「十分な休みをとってもらう予定だったが、いきなりですまない。緊急事態だ」
タニザキさんが副館長室で立ちながら会議を始める。
集まった面々はカイン、アイモリclub、ノアイ、強化人間の同期たち、軍のお偉いさんなど様々だった。
タニザキさんはクマタニを尋問して得た内容を話した。そして、大和丸に迫る危機を率直に述べる。
「テロリストのクマタニはセブンにある命令を下していた。それは大型クラーケンに大和丸を襲わせること。時間を計算した結果、後二、三時間後には大型のクラーケンと出くわすそうだ。そうなったら大和丸は一巻の終わりだ」
「それはセブンで解決できる問題ではないか?」
軍のお偉いさんが意見する。たしかにセブンならば大型クラーケンなど一瞬で無力化できる。しかし、タニザキさんは首を横に振って否定した。
「残念ながら。これまたクマタニを尋問した結果だが、彼はセブンに強制待機モードを命令したらしい。セブンを待機モードにした場合、早くても起動できるのは翌日。どう考えても大型クラーケンの襲来には間に合わない」
副館長室で複数のため息が漏れる。
確保されたクマタニが笑っていた理由はこれだった。
奴は負けを認めたと同時に大和丸の船員を全員まとめて始末する算段だったのだ。
セブンを強制待機モードにして使えなくし、そこを操った大型のクラーケンに襲わせる。セブンのいない大和丸ではどう頑張っても大型のクラーケンを倒すことはできない。沈没はほぼ確定事項だった。
タニザキさんはスクリーンを下ろして、パソコンに送られてきたデータを投影し、スクリーン画面を見た。タニザキさんが説明する。
「これは斥侯部隊が撮った映像だ」
画面ではヘリから撮影された映像が映る。端から端へ、水平線を覆いつくし巨大な動く影がのそのそと海中を泳いでいた。大型のクラーケン。それがまもなく大和丸とかち合う。
「クマタニの言葉に嘘偽りはないと確認できた。状況は絶望的。今の大和丸の戦力で大型のクラーケンに太刀打ちはできない。皆に集まっていただいたのは今後についての方針を聞かせてほしいからだ。私は大和丸を捨て小型船で全員を避難させることを提案する。何か良い案はありますか?」
タニザキさんが集まった面々を見回す。しかし、声を上げるものは誰もいない。
当たり前だ。敵は沖縄を占拠したのと同等かそれ以上の大型。
セブンはいない。
逃げる以外の選択肢はないと思われた。
ある青年以外は。
「あの、」
一人が手を上げる。
この時を待ちに待った。今立ち上がらずしていつ立ち上がる。
自信はなかった。しかし、むざむざ逃げ出すこともできなかった。
ある青年、カインが主張した。
「僕が大型のクラーケンを倒します」




