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第15話 魔王

「沖縄上陸作戦ご苦労でした。さっそくですが、牢屋に入ってください」


 大和丸に帰還した瞬間、セブンは強制モードになり、クマタニの声を発する。


 カインは黒ずくめの男に取り囲まれて身柄を拘束される。


「抵抗した場合はセブンの気化性睡眠薬で強制的に眠らせますよ」


 腕に手錠をかけられ、まるで犯罪者のように扱われる。


「いったい何なんです。一か月間密偵した部下への褒美が牢屋ですか?」


「詳しい話はあなたの上官に聞いてください」


 クマタニに操られたセブンは機械のように瞬き一つしない。無機質だ。


 クマタニと黒ずくめ一行に連れられたカインは大和丸にある犯罪者を収容する部屋に強引に押しこめられる。中を見回すとメンバーは、タニザキさん、強化人間の野郎どもといった具合だ。クマタニの政治的策略でタニザキさんと以下のメンバーが投獄されたらしい。


 黒ずくめに着替えのジャージ一式を渡され、部屋に鍵をかけられる。


 無地のジャージで、周りを見てみるとみんな同じような格好をしていた。


 強化人間が危険分子だから収容されるのは理解できる。しかし、戦力のない副館長のタニザキさんまでもが収容されているのは理解できない。クマタニの圧政であるのは明白だ。


「心配していたよ。無事に戻ってきてくれて何よりだ」


「タニザキさん、いったいどうしたらこんな事態に陥ったんですか?」


「状況は君が考えている以上に切迫している」


 タニザキさんの目には隈が出来ている。相当、疲れているようだ。


 ただ事じゃない雰囲気を感じ取ったカインは押し黙り、タニザキさんの言葉に耳を傾けた。


「カイン君。この一か月の出来事を簡単に話そう。私たちはクマタニの政治的行動に相反するように動いていた。それこそ寝る暇もないほどに。人質にとられたカイン君の身の安全を優先して、ノアイ君たち強化人間でクマタニの身柄を拘束する計画まで立てていた」


「それがどうしたら全員、牢屋に、ぶちこまれる事態に?」


「計画のさなか、私たちは恐ろしい秘密について知ってしまったんだ」


「恐ろしい秘密?」


「それは人類支配計画。クマタニは日本軍最高司令官の座なんて狙ってなかった。彼はもっと上の、人類すべてのトップを狙っている」


「はい?」


 タニザキさんと強化人間たちは人類支配計画の全容を詳細に語る。


 人類支配計画とはセブンを手に入れたクマタニが、セブンがクラーケンを操れるという事実を知ったことから端を発する。


 大和丸のトップとなり、表向きは日本人の味方をしているように装い、裏では日本そのものを手に入れようと画策していた。そのような痕跡がクマタニのパソコンから入手できた。


「クマタニは莫大な金に物を言わせて反社会組織と強固に繋がっていた。私が気づいたときにはアイモリclubの全員が拉致され、手が出せない状態になっていた」


「え、拉致? みんなは無事なんですか?」


「アイモリclubは強化人間を抑えるための第二の人質だ。いくらクマタニでも手荒な真似はしないだろう。そこは安心してほしい」


「良かった」


 実はいうと部屋の鍵は強化人間ならばいくらでも破壊して脱出することができる。


 部屋の強化人間たちが脱出できていないということは何かしらの理由があるだろうと予想していた。


 カインが沖縄でゲーム三昧できたことを考慮すると、アイモリclubも不自由ながら寛大な処置を受けているであろうことは容易に想像できた。


「では、タニザキさん。僕たちは黙ってクマタニの横暴を見逃すのですか?」


「現状は待機としか命じられない。何せクマタニは黒ずくめの男たちを使って大和丸全域に抑圧体制を敷いている」


「え、どういう意味ですか?」


「だから現状はカイン君が思う以上にひどい有様だ。クマタニは反社会組織とセブンという二つの札を使って大和丸全員を人質に取り、日本政府とトランプゲームをしているんだよ」


 人類支配計画が暴露されたクマタニの行動は迅速だった。


 まずアイモリclubのメンバーを拉致監禁。タニザキを脅して強化人間のメンバーを全員無力化。主力を失った軍部はなすすべなくクマタニに全権を握られる。次に住民全員に部屋へ閉じこもるよう命じ、外出したものは即時射殺する旨を伝えた。これにより大和丸すべてを掌握し、現在、日本政府と交渉に応じている。


「完全にテロリストのそれじゃないですか!?」


 カインはびっくり仰天を口に出す。


 タニザキさんと政治ゲームをしているなんて規模ではなかった。


 クマタニは全人類を支配するために動いていた。完全に魔王そのものである。


 カインがあわてふためいていると、船内放送が入る。クマタニからだった。


「大和丸の諸君。たった今、日本政府と交渉が決裂した。つまりは強硬策に出なくてはならない。三日だ。三日後に大和丸にいる人間をすべて殺す。だから親愛なる諸君らはスマホなりパソコンなりで友人、知人に助けを求めてほしい。そして日本政府を動かすのだ。日本列島奪還後、私が国の王となるよう交渉しろ。もしできなければ、わかっているね? 三日後にセブンの力を使って大和丸にいる人間をすべて殺す」


 放送が終わると大和丸の至る所で悲鳴が上がる。


 泣き叫ぶ声や壁を叩きつける音が無造作に聞こえる。


 クマタニの放送は全世界に流れているらしく、動画配信を見ていた同期の強化人間が教えてくれる。横から覗き見ると、コメント欄にはクマタニへの罵詈造語が山のように流れていく。


 いや、どんなデスゲームだよ。カインは人生で最大の悪寒に襲われた。


 三日後、セブンの能力を使えば大和丸の住人は赤子さえ残らず殺される。


 それだけに留まるはずがない。放送を聞いた感じ、クマタニは人類を支配するためにより多くの人間を殺し、最大級の殺人犯として後生に名を刻むだろう。


 クラーケンを操れるのであれば、日本列島のごとく諸外国を蹂躙し、占領。最後に最悪の世界を巻きこんだ独裁国家の誕生だ。誰もクマタニを止めることはできない。


「ちっくしょう!」


 カインは思いっきり床を叩いた。地面に穴ができる。


「まだまだアイモリclubでやり残したことがあるんだ。死にたくねえよ!」


 ハマダさんにバーチャルユーチューバーをやってもらったりノアイを仲間に入れたりとアイモリclubでやり残したことはたくさんある。加えてカインは、まだ十七年間しか生きていない。恋人だって満足につくったことがないのだ。こんな状況で死ねるはずがない。


 周囲から絶叫がほとばしる。クマタニへの怒声は空中で霧散して消えてなくなる。


「タニザキさん決起しましょうよ!」


「そうだ。クマタニの悪党なんぞにやられてたまるか!」


「このまま三日後に大人しく死ぬなんてごめんだね」


 強化人間のA、B、Cがタニザキさんに詰め寄る。


「そうだね。クマタニがああ宣言した以上、リスクを冒さなければならない。多少の犠牲は払いつつも部屋の鍵を壊し、最優先でやつを抹殺しよう。すまないカイン君、アイモリclubの安全は保障できなくなった。今からクマタニとその部下たちに戦争をふっかける」


 タニザキさんがカインに謝ろうと頭を下げたとき、階下から声が聞こえた。「なにやら物騒な話をしておるのう」聞きなれた言葉だ。カインが穴の開いた床から覗くとそこには金髪でロリでゲーム好きの彼女の姿があった。


「運よく私の部屋の上に監禁されており好都合じゃった。強化人間の皆の衆よ。クマタニ退治に私も混ぜてはくれぬかのう?」


 彼女の名前はセブン。大型クラーケンを一撃で沈め、沖縄のクラーケンを一掃し、強制モードの時はクマタニの最大戦力であり、通常モードの時は我らが頼もしい味方である、女神様であった。


☆☆


 作戦は二日目の早朝に実行された。


 くしくもこの日は日本政府がクマタニの脅迫を受けいれた日と重なった。


 まず最初に、セブンが気化性の睡眠薬を大和丸全体に散布した。


 金貸しを生業とする黒ずくめの連中を眠らして、その隙にカインたちは部屋を脱出した。


 行動は迅速。


 セブンから聞いていた黒ずくめ連中の配置を把握し、強化人間A、B、Cは眠った彼らを牢屋に閉じこめた。その他、強化人間の同期たちもテロリストの鎮圧に全力を尽くした。


 カインとタニザキさんはセブンから聞かされていたアイモリclubの監禁場所に向かった。ドアを破壊し、中の様子を見てみると気持ちよさそうに眠っている彼女たちの姿が目に映った。ひどく扱われた様子はない。カインは安堵した。


「カイン君、安全は確認できた。クマタニを逮捕しに行こう」


「ええ」


 カインはアイモリclubのメンバーにタオルケットをかけてやり、その場を離れた。


 目指すはクマタニの逮捕。やつがいるであろう船長室に向かった。


 カインとタニザキさんは船長室の扉の左右に張り付き、中の様子をうかがう。


 無音。寝ててくれればいいが、狡猾なクマタニが反乱を予期しないわけがない。


 タニザキさんは、念のため、と腰にかかっている拳銃を取り出し、両手で握りしめる。小声でカインに指示を出し、船長室の扉を突破するための合図を送る。


「五、四、三、二、一、今だ!」


 カインが船長室の扉を物理で破壊。タニザキさんがなだれこみ、拳銃を向ける。


「動くなクマタニ! お前を逮捕する!」


「え?」


 後に続いたカインが見渡すと、船長室にはクマタニはおろか人っ子一人いない。


 早朝の薄暗い光が部屋に差しこむ。


 部屋の中央に位置するアンティークの机に一枚の紙が置かれていた。


『ここまでご苦労、諸君。船の甲板で待っている』


「やられた」


 タニザキさんが置手紙をくしゃくしゃに破り、悔しそうな声を出す。


 カインは船長室に不審なものがないか確認すると廊下に出る。


「作戦が見破られていたのは仕方がありません。甲板に急ぎましょう」


「ああ」


 タニザキさんとカインは甲板に向かった。


☆☆


「やはり君たちか。タニザキ君、カイン君」


 扉を開けると、船の甲板の先端で、古狸クマタニが一人ぽつねんと待っていた。


 取り巻きはいない。ひどく寂しそうに、まるでこれから死地に向かう兵士のように一人寂しく立っていた。


「動くな!」


 タニザキさんが銃口を向ける。


 薄ら笑いを浮かべたクマタニは静止を無視し、タニザキさんから目を離して背中を見せた。


「早起きはしてみるものだ。ガスマスクをかぶり、船内を散歩すると至る所で廊下に倒れこんだ人たちを目にしたよ」


「しゃべるな! 撃つぞ!」


「撃ってみたまえ。優雅に会話もできないのかね?」


「――このっ」


 怒りの形相をしたタニザキさんが人差し指に力をこめて引き金を引く。


 発射音と同時にカインが目をそらす。


 口径9mmから発射された弾丸は一直線にクマタニに目がけて飛んでいく。


 しかし、その凶弾がクマタニに当たることはなかった。


「なぜ私が何の装備もなく一人で甲板にいると思っている。なぜなら一人でも勝てるからだよ。君たちに」


 クマタニの声に目をやると、そこには見慣れた少女が盾になっていた。


 タニザキさんの発射した弾はその少女に当たり、明後日の方向に弾かれた。


 その少女の名は。


「……セブン」


 カインは絶望を口にする。


 そのセブンと思しき少女は無表情でクマタニの声を発する。


「やあ、カイン君。君たちの切り札セブンは、私が強制モードで使わせてもらうよ」


「くそっ。遅かったか」


 タニザキさんが拳銃を下ろす。聖遺物セブンは拳銃ごときでどうにかなる相手ではない。


 セブンの後ろでクマタニは嘲笑を浮かべながら、セブンを操作する。


「セブンが君たちに懐いていたことは知っていた。事実、こうして気化性の睡眠薬を大和丸にまかれてしまった」


「知っていながら、あえて私たちを泳がせた、とでも?」


「その通りだよ、タニザキ君。反乱分子は反乱させてから潰すに限る。いかんせん私も圧政には反対でね。何の罪もない人間をさばくことはできない。が、これで謀反が証明された。心置きなく君たちを殺すことができる」


「絶体絶命だね、カイン君」


 タニザキさんがカインににじり寄る。


 逆にカインはタニザキさんの前に出た。


「諦めたらそこで作戦終了っすよ、タニザキさん。セブンを倒せばすべて解決です」


「おいおい、無茶なことを言うもんじゃない」


 タニザキさんが信じないのも無理はない。


 相手は人類が発掘した中でも最強の聖遺物。クラーケンを倒し、操っては飼育していたような化け物だ。ただの体を頑丈にされ、人より長く潜水できる程度の強化人間が太刀打ちできるような相手ではない。


 でも、それは通常ならばの話。


「タニザキさん、僕、沖縄で何してたと思います?」


「何って、沖縄の調査だろう?」


「違います。ゲームしてました。ずっと。セブンと二人で」


 カインはセブンだけを見続ける。後ろにいるタニザキさんの表情はうかがえないがきっと意味不明とでも言いたげな表情をしていることだろう。


 カインはなおも小声でつぶやく。


「沖縄で大事なこと知りました。有名な言葉です。敵を知り、己を知らばってやつ」


「それが一体?」


「まあ、見ててください。ゲームで培った、僕のケンカってやつを」


 沖縄での日々を思い出す。カインとセブンの戦いは、アイドル・コネクトに例えれば、対人戦で、無課金が何十万、何百万と課金した重課金、廃課金に突っこむようなものだろう。土台、無謀な話だが、それでも勝算はあった。


 だって、セブンのことをたくさん知ったから。


「これ貸し一つです。勝ったらアイモリclubの手厚い支援をよろしくお願いします」


 カインは足の裏に力を入れ、セブン目がけて突進した。

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