第18話 バーチャルユーチューバー
平和を取り戻した大和丸。アイモリclubの共同部屋では三人のアイドルと一人の男が集まっている。
平凡なホワイトボードには黒マジックで、『バーチャルユーチューバー企画始動』と書かれている。今後のアイモリclubを展開する活動の一環としてVTuberなるものを取り入れる方針だった。
「アイモリclubは世界的に認知されることになりました。しかし、アイドルは生物。今後、時間がたてば年齢の衰えとともにアイドルの立場が弱くなるのは必然。そこでです、僕たちは新しいアイドルの形としてアイモリclubを法人化し、バーチャルユーチューバーを立ち上げたいと思います。投資金額はおよそ六千万円。今なら、それが可能です」
カインはホワイトボードにマジックで『六千万円』と書きこむ。
「はいはーい。質問があります」
元気よく手を上げたのはアイモリclubの最年少センター。オミナだった。
「どうして今なんですか? もうちょっとお金を貯めてからでいいじゃないです?」
オミナの意見も至極真っ当だ。世界中に生配信され、一躍時の人となったアイモリclubは仕事がばんばん舞いこんできている。それこそ大ブレイクした芸人並みでスケジュール帳が三か月先までびっしり埋まっている。
「実に良い質問です」
カインはメガネをクイッと上げる動作をしてオミナの質問に答える。
「アイモリclubは世界中にファンをつくりました。それこそ動画配信の広告収入だけで食べていけるほどです。しかし、弊害が起きました。ファンをつくりすぎたせいで会いに行けなくなったのです。アイモリclubは文化祭ノリで楽しめるアイドルです。直接営業しに会いにいかなければ信条に反します。そこで、これからの営業は大和丸とその周辺の船だけにし、仕事を極力減らします」
「へー。そしたら私、やることなくなっちゃう」
オミナが不満を漏らす。音楽家として活動しているメリーや夜のショーがあるハマダは別として、アイドル活動とは無関係の、これまでやってきたオミナの慈善事業が減らされるのだ。彼女が手持ち無沙汰になるのも頷ける。
「うんうん暇になっちゃうよね。であるから、これに専念します!」
カインはうんうん頷いてから、力強くホワイトボードを指す。バーチャルユーチューバーを強調した。
「オミナにはセンターのほかに、バーチャルユーチューバーの絵師をしてもらいたいと思います」
「――え、絵師!?」
驚くオミナ。仕事に余裕ができる彼女には今後、イラストレーターとして活躍してもらう予定だった。
「それだけじゃなくて。メリーにはサウンド、ハマダさんには声優としてバーチャルユーチューバープロジェクトに立ち会ってほしいと思います」
カインの計画ではアイモリclubは今後、大和丸の営業だけに専念しつつ頻繁に動画配信する予定だった。そのついでにアイドルが作成した、初のバーチャルユーチューバーを大々的に打ち出して今後十年間は戦えるコンテンツをつくろうと考えた。
「僕の考えを聞いてほしい。アイモリclubはノアイを含めてもたった四人だけのアイドルグループです。メンバー入れ替えをするつもりはありません。今後、新メンバー加入を見送った場合、僕の算出では五年間持てば良い方です。今後、アイモリclubを十年以上長持ちさせるためのバーチャルユーチューバーです」
カインの言動は半分デタラメだ。本心は、ただ単に、ハマダさんに裏仕事ではなく声優として活躍してほしいという願望から動いているに過ぎない。しかし、それだけの理由で六千万円を投資できるとは毛頭思っておらず、メンバー全員が六千万の投資に前向きに検討できるように誘導しているのだ。
カインの話術は続く。
「今後ダンスができるアイドル、可愛いアイドルだけでは通用しません。差別化を図らなくてはならないのです。そこで絵がめっちゃうまいアイドルイラストレーター、音楽以外にゲーム方面のサウンドトラックも手掛けるアイドル作曲家、バーチャルユーチューバーとして活躍するアイドル声優。アイモリclubは多方面に手を出していきます! 以上!」
強引に話を打ち切って可決の流れに持ちこむ。オミナとメリーを騙して六千万投資させるにはこれで十分だろうと思っていたけれど、思わぬ伏兵があらわせる。それはあろうことか、味方だと思っていたハマダさんだった。
「あのう、ちょっといいかしら?」
「はい、どうぞ」
「私はバーチャルユーチューバーに詳しくないのだけれど。彼女らにもアイドル戦国時代のような競争が激化していることを知っています。声優ができるのは本当にうれしい。でも明確なビジョンもマーケティングも戦略もなくして、バーチャルユーチューバーは成功できるかしら?」
「確かにそうですね。バーチャルユーチューバーは今後増え続け、視聴者争いは激化すると思います。アイドルだけでつくりあげたバーチャルユーチューバーではたしかにコンセプトが弱い。でも、そこはきちんと考えてあります。この人に登場してもらいます」
カインが勢いよく入り口の方に手を向ける。小柄な人影が部屋に入ってくる。
「のじゃ様の登場なのじゃ!」
「やめなさいセブン(主に他のバーチャルユーチューバーとキャラが被るような言動はやめなさい)」
カインが小柄な人物をこづく。そう、彼女こそが世界中の大学からクラーケン対策の客員教授として引っ張りだこになっているという噂の、セブンだった。
「私の名前はセブン。聖遺物セブン。このプロジェクトの主任じゃ」
「残念ながらアイモリclubには、バーチャルユーチューバーに詳しい人がいません。そこで、機械関係やプログラム関係をセブン先生に一任しようと考えています」
「それだけでは、ぬ。ハマダ氏。ぬしを世界レベルのゲーマーに育てるようにカインからお願いされた」
「私が、ゲーマー?」
ハマダさんが驚く。そう、今の時代アイドルがつくっただけのバーチャルユーチューバーが売れるはずがない。そこにはもう一つコンセプトが必要なのだ。
カインは自分の戦略を話した。
「ハマダさんにはアイドルで声優でプロゲーマーのバーチャルユーチューバーになってもらいます。要するに、ゲーム実況者と二次元アイドルを足したことになります。これは絶対売れますよ。芸能バラエティに引っ張りだこです」
ソーシャルゲームの普及とともに今の働く世代はゲーマーが増えた。娯楽が多々あれど、動画配信サイトでゲーム攻略動画とガチャ動画の需要が減ることはない。ハマダさんには今後、ゲーム最前線でバーチャルユーチューバーとしてゲームを実況してもらいたい。そう考えた。
セブンが得意げに言う。
「私のツテで格闘ゲームのレジェンドや高学歴プロを呼んでおいた。ハマダは今後、彼らと渡り合えるほどの実力を身に着けてもらう」
「いやー。ハマダさんは毎日二十時間ゲーム三昧の生活ですよ。羨ましいなー」
「カイン君。私はそんなインドアでオタッキーな生活を望んではいないのだけれど」
ハマダさんが強張った表情で言う。なぜかオミナが飛びついた。
「いいなハマダちゃん。私も格闘ゲームに参加してみたい」
「オミナ、ゲーマーとイラストレーター、変わる?」
「ううん。私、絵の方が興味ある」
がくっとハマダさんがうなだれる。自分の好きなことができる組のオミナとメリーがハマダさんを励ます。
セブンが嬉しそうに言う。
「もちろん格ゲープロだけじゃない。エレクトロニック・スポーツでプロを名乗っている連中を片っ端から叩きのめすぞい。そういうツテもある」
「どんなツテだよ?」
カインの問いかけ。セブンは口元に人差し指をつける。
「企業秘密じゃ」
☆☆
こうして始まったバーチャルユーチューバープロジェクトだけれども、結果だけを先に申し上げるならば頓挫した。計画は凍結。なぜならハマダさんとオミナのレベルがあまりにも低すぎて商業としてやっていけるレベルではなかったからだ。
最初、ハマダさんは声優としてそこそこうまく声を当てていたのだけれど、いかんせんゲームの方はからっきしダメだった。彼女いわくパズルゲームが得意とのこと。なので、落ちものゲーをやらせてみるとそこそこうまくできたものの、パズルとドラゴンが活躍するゲームをやらせてみるとてんでダメ。お話にならなかった。
オミナの方はといえば、中学生の落書きレベル。お絵かきサイトでよくみる素人の中学生が本気になって描いてみましたという感じのイラストだった。写生大会なら、なるほど、クラスの上位に食いこむほどのうまさだ。けれど県大会では落選当たり前レベル。そんな感じだった。
ハマダさん、オミナの両名に与えられたのは時間。どうしてもハマダさんを声優デビューさせたいカインは、バーチャルユーチューバー企画を強引に進めた。コンセプトは、素人が一か月間挑戦してみました、というもの。アシスタントのノアイの協力を得て、『アイモリclubが一か月でバーチャルユーチューバーになるよん♪』という動画をドキュメンタリー風に配信した。
アイドル家業のかたわらオミナがイラストを描き、メリーが音楽をつくり、ハマダさんが声優とゲームを両立させる。
アイドルの私生活をおおっぴらに暴露したドキュメンタリー配信は瞬く間に視聴者を増やしていった。副産物的にノアイの人気に火がつく。顔出ししないノアイとアイドルたちの掛け合いが視聴者に良好だったようで、謎のカメラマン、ノアイの素顔を知りたいファンがわざわざ遠くから訪れるようになった。
なぜか視聴者にはバーチャルユーチューバーよりもアイドルたちの私生活やノアイのやりとりの方が喜ばしいようで、コメント欄では、バーチャルユーチューバーとか別にどうでもよくね? とか、ノアイさんの顔が見たい! などの熱烈なコメントがたくさん寄せられた。
一か月後。まだまだバーチャルユーチューバーのめど立たず、オミナとハマダさんのために延期を決意。さらに一か月の猛特訓を開始した。途中、ノアイの隠し撮りがファンの間で流出し、センターのオミナ、音楽家のメリー、ゲーマー声優のハマダに続いて、カメラマンのノアイさんが指示を得ることになる。
ノアイ人気はさらに過熱し、アイモリclubのグッズ展開に付随するようにノアイの隠し撮り写真がファンの間で取引される事態に発展した。有志のファンが自作でノアイグッズを販売し、地下経済では、オミナ、メリー、ハマダ三名と並ぶ第四の勢力としてノアイ推しがたくさんできた。ノアイ専用のファンクラブまで結成する始末。
このままではいけないと判断したカインは、さらなる収益拡大を見こみ、ノアイの電撃デビューを発表した。電撃デビューといえば普通アダルトビデオを連想するかもしれないが誤解しないでほしい。AVデビューではなくアイドルデビューだ。ノアイは動画内でアイモリclubに加入することを発表した。
アイモリclubの視聴者はさらに拡大する。
この間にカインが目を付けたのはライバルとの差別化だった。
一時期、セブンがアイドルのように持てはやされた時期があった。動画配信者はこぞってセブンの特集を組み、大和丸の視聴者をくぎ付けにした。しかし、セブンは、カインが有識者して囲った。正確には、セブンの言動に学術的な意味を与えて著作権を行使した。大学の客員教授であり、クラーケンへの対処法に熟知していたセブン。タニザキさんにお願いして、軍事機密として扱った。これにより動画配信者は無断でセブンの特集が組めなくなり、一方でカインはセブンの特集を組み放題。ライバルと差別化をはかった。
カインがあげている動画は以下の四つだ。
一つ、アイモリclubのライブ映像。
一つ、アイモリclubが一か月でバーチャルユーチューバーになるよん♪
一つ、セブンの特集。
一つ、メリーの弾いてみた。
どれも大成功した。地味にすごいのが『メリーの弾いてみた』。他三つの動画配信と被ることなくニッチな視聴者を獲得するに至る。元々天才音楽家として活動していたメリーのピアノやヴァイオリンが無料で見れるのだから音楽業界に激震を与えた。また、弾いてみたの題名の冠する通り、ポップやアニソンなどをアレンジしており、視聴者からは『原曲を超えた』とのコメントが多数寄せられた。メリーのカバーした曲だけを収録したCDアルバムが発売されるなど、メリーはアイモリclubの稼ぎ頭になった。ぶっちゃけると、メリーだけで物凄い利益を得た。彼女に何か欲しいものはないかと尋ねると、メリーは、
「ストラディバリウスを買ってください」
とバーチャルユーチューバーの投資金額よりも高価なヴァイオリンを要求された。メリーの稼ぎならば余裕で買えるおねだりに、けれども、カインは、グループの不和に繋がるので高すぎる買い物は避けてほしい旨を伝えた。するとメリーは、
「じゃあ一日デートでいいです。ディナーとホテルは私が予約しておきます」
と言った。
「ホテル?」首をかしげつつ、それくらいならとカインは了承する。ホテルってどんなホテルなんだろうかと疑問を抱きつつ、デート当日へ。残念ながら、途中、ノアイカメラマンにスキャンダルをスクープされ、デートは中断となった。結局、メリーの予約したディナーとホテルを拝むことはかなわなかった。
そんなこんなでさらに一か月が経過する。
オミナの絵が上達し、ハマダさんがセミプロレベルまでゲームを極める。
いよいよバーチャルユーチューバープロジェクトの再開だ。
長期間視聴者に愛され、ノアイの電撃デビューに繋がった『アイモリclubが一か月でバーチャルユーチューバーになるよん♪』(本当は二か月)のラストを配信するための撮影が始まる。
「カメラマンのノアイです。今日で最後のこの企画。いよいよ本番。オミナの描いた絵とハマダさんの声をあてたバーチャルユーチューバー誕生の瞬間です」
共同生活の部屋にて、構図は、パソコンに向かうカイン、絵を描くオミナ、ゲームにいそしむハマダさんとなっている。バーチャルユーチューバーの中の人が顔出しでゲームをやっている姿を撮影するのは滑稽だが、ごあいきょうということで。それもまたドキュメンタリー配信の楽しみ方の一つだ。
カメラマン、ノアイの挨拶が終わり、カインの操作するパソコンを紹介する。
六千万円を投資する前に、とりあえず一人でバーチャルユーチューバーというものを試してみることになった。
カインはフレームに30FPS以上のウェブカメラとフェイスリグを購入する。Steamに登録してフェイスリグを求め、オプションを設定する。DX11は動作が重くてカクカクするので、DX9に変更。動作が軽くなるようだ。画面幅のサイズは1920×1080に決定。イングリッシュだらけの英語を日本語にする。それらすべての環境を整えて実際に使用してみる。選んだのはタヌキの顔のキャラクター。カインが言葉を発するたびに2Dの表情が変わる。
「うむ。面白い」
「アイモリclubのマネジャー兼プロデューサー、カインさんの、個人バーチャルユーチューバーでした。ちなみにおいくら万円かかりましたか?」
カインがカメラ目線で答える。
「モーション機材とフェイスリグが約五十万円。3Dモデルが約五十万円。声優へのギャラが一回につき約五万円ほどです」
「ほー、お高いんですね?」
「それほどではありません。私どもアイモリclubは、3Dモデルと声優にアイドルを起用しているので実質無料です。ただ最新鋭のモーション機材と専用スタジオを完備したので初期投資がかさんでしまいました。まあ、資金繰りの苦労は置いておいて。では実際にオミナが制作した3Dモデルを反映させましょう」
カインがパソコンを操作してタヌキのキャラクターからオミナ作のキャラクターに変更する。その絵はオミナ自身をモデルにした二次元チックなイラストだった。名前はまだ決まっていない。視聴者のコメントを参考に名づける予定だ。
「まあ、かわいい。たった二か月で劇的にうまくなったのは、動画を見られた視聴者の皆様の方が詳しいでしょう。では、今度はハマダちゃんに声をあててもらいます。どうぞ、ハマダちゃん」
ノアイが話を進める。
緊張の瞬間だった。バーチャルユーチューバーはハマダさんの声優デビューを目的として企画された。ハマダさんの夢がかなう。待望の瞬間だ。
コホンッと一呼吸おいてハマダさんは声を出す。
「皆さん初めまして。今日からバーチャルユーチューバーとして活躍する、名前未定ちゃんです。といっても中の人は皆さまのご存知の通り、ただのハマダですけど」
オミナの描いた3Dモデルが動き、ハマダさんの声がする。専用スタジオではなくお試しにやってみた個人のパソコンだけれども、そこには、たしかにアイモリclubの集大成ともいえるバーチャルユーチューバーが生き生きしていた。
ハマダさんは歓喜の声を上げた。
「夢がかないました。これからほぼ毎日、名前未定ちゃんのゲーム実況プレイ動画を配信したいと思います。名前は随時募集しますのでコメント欄にて書きこんでください。よろしくお願います!」
「カーット! はい、お疲れ様です。カイン君、オミナ、ハマダちゃん。やったね」
「ああ、ノアイ。僕たちの夢がかなった」
アイモリclubの手掛けたバーチャルユーチューバー。ドキュメンタリーは大成功に終わった。
最後にハマダさんはこんなコメントを残している。
「視聴者の皆様。日本を追われ、大切な人を亡くし失意のどん底にいても希望を持ち続けてください。ずっと願い、行動を起こし、努力を続けていれば、願いはきっと、かないます。私は今日、声優デビューを果たしました。ずっと遠回りを続けていたけれど夢がかなった瞬間、今までの苦労が無駄じゃないことに気づきました。一つ一つの点が線になって繋がりました。アイモリclubでアイドルになれて本当に良かった」




