↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/14

第11話 昔を知る男

挿絵(By みてみん)

「そういう決まりだから」


 男の手が荷車へ伸びる。


 年長の男が、その手首を掴んだ。


「触るな」


 周りの空気が変わった。前にいる連中より先に、後ろの二人が銃を構える。


「おい」


 俺は年長の男を見る。離せ、と言おうとした。けれど男は手を離さなかった。


「荷物を見て決めるって言っただろ」


 道を塞いでいる男の声は、まだ穏やかだった。


「見るだけだ」


「見る必要はない」


「なんで?」


「俺たちの荷物だからだ」


 男が笑う。


「だから、その中から取り分をもらうんだよ」


「断る」


 今度は誰も動かなかった。俺も、若いのも、たぶん同じことを考えていた。


 何を言ってるんだ。相手は少なくとも八人いる。銃を持っている。こっちは六人、銃は一丁あるが弾は多くない。しかも荷車を二台引いている。


「断る?」


「ああ」


「聞いたことないな」


「じゃあ今日聞いたな」


 年長の男が手を離した。道を塞いでいた男は、掴まれた手首を擦った。


 怒るかと思った。違った。


「名前は?」


「何で」


「聞いてるだけだよ」


 年長の男は答えない。


「まあいいや」


 男は荷車へ視線を戻した。


「薬があるな」


 誰も返事をしない。


「それと斧。釘。金具か」


 見ただけで分かるらしい。


「薬を半分。斧を一本。釘は――」


「駄目だ」


 年長の男が遮った。


「薬は持って帰る」


「半分残るだろ」


「全部持って帰る」


「何に使う?」


「人間に」


 男が少し笑った。


「そりゃそうだ」


 後ろで若いのが俺の袖を引いた。小さく首を振る。分かっている。喧嘩をするな、という意味だ。俺だってしたくない。


「なあ」


 俺は年長の男に声をかけた。


「薬は駄目でも、他のものなら――」


 俺が食い下がる。


「駄目だ」


 年長の男が突っぱねる。


「でも」


「こいつらに渡すために取りに行ったんじゃない」


 その通りだった。その通りなのだが、正しいことを言えば銃が消えるわけではない。


「分かった」


 道の男が言った。あまりにあっさりしていた。


「じゃあ薬はいい」


 俺は少し驚いた。


「斧と釘をもらう」


 道の男があっさりと切り替える。


「だから――」


 年長の男がなお食い下がろうとする。


「薬はいいって言ってるだろ」


 男の声から笑いが消えた。


「こっちも譲ってる」


 年長の男が何か言おうとする。


「待って」


 若いのだった。全員がそちらを見る。


「何で俺らが譲ってもらうの?」


「おい」


 俺が止める。


「だって変じゃん」


「黙ってろ」


「こっちの荷物なのに」


「黙れって」


 男が若いのを見る。


「何歳?」


「十七」


「そうか」


「だから何」


「若いなと思って」


「関係ないじゃん」


「あるよ」


 男は腰の銃へ手を置いた。抜かない。ただ、そこにあることを思い出させるように触れただけだった。


「長生きしたいだろ?」


 若いのの口が閉じた。


「だったら、払うものは払った方がいい」


 それでも若いのは目を逸らさなかった。俺はこいつの腕を掴んだ。


「いいから」


「でも」


「死んだら薬持って帰れないだろ」


 それで、ようやく黙った。


 年長の男を見る。


「斧と釘でいいなら渡そう」


「俺は――」


「帰るんだろ」


 少し強く言った。


「何のためにここまで来たんだよ」


 年長の男が俺を見る。昨日から、ずっと薬を持って帰ろうとしてきた。死んでいる土地を避けた。遠回りした。知らない三人を警戒した。熱を出した子供に一包だけ置いてきた。ここで撃たれて全部奪われたら、何のために歩いてきたのか分からない。


 年長の男は奥歯を噛んだ。


「……斧一本と釘だ」


「話が早い」


 道の男がまた笑った。釘の袋を一つ渡した。斧も一本。男は釘の袋を持ち上げ、重さを確かめる。


「少なくない?」


「一袋って言っただろ」


「釘とは言ったけど、一袋とは言ってない」


「ふざけんな」


「冗談だよ」


 笑っている。俺は笑えなかった。


「これで通れる?」


「ああ」


 男が道を空ける。


「気をつけてな」


「何に?」


 若いのが言った。まだ喋るのか。


 男は気にした様子もない。


「恐竜」


「守ってるんじゃなかったの?」


「全部守れるわけないだろ」


 若いのが俺を見る。俺を見るな。


「人間からも守ってるって言ってたよね」


「そうだよ」


「誰から?」


 男は少し考えた。


「悪い奴ら」


 後ろで誰かが笑った。こいつらの仲間だった。


「行くぞ」


 年長の男が荷車を引く。もう話したくないらしい。


---


 俺たちは道を進んだ。背中を向けるのが嫌だった。撃たれないと分かっているわけではない。それでも振り返らなかった。


 十歩。二十歩。三十歩。


 何も起きない。


 道が曲がり、連中が見えなくなったところで、誰かが大きく息を吐いた。


「最悪」


 若いのだった。


「お前な」


「何」


「もう少し黙ること覚えろ」


「だっておかしいじゃん」


「おかしくても銃は撃てるんだよ」


「撃たなかったじゃん」


「結果だろ」


「でも」


「でもじゃない」


 声が大きくなった。若いのが黙る。俺も言いすぎたと思ったが、謝る気にはなれなかった。


 怖かった。たぶん、それだけだ。


 しばらくして、年長の男が荷車を止めた。


「休むぞ」


 まだ休むには早い。誰もそう言わなかった。


 道から少し外れた場所に荷車を置き、水を飲む。若いのは俺から離れたところに座った。


「怒らせたな」


 隣の男が言う。


「誰を」


「あいつ」


「勝手に怒ってるだけだろ」


「お前もな」


「俺は怒ってない」


「じゃあ何でそんな顔してる」


 水筒を投げてやろうかと思った。やめた。


 年長の男は一人で荷物を確認している。薬はある。斧が一本と、釘が少し減っただけだった。それだけで済んだ――そう思おうとした。


「前にもあった?」


 俺は年長の男に聞いた。


「何が」


「ああいうの」


「ない」


「噂は?」


「聞いたことはある」


「昨日まで言わなかったじゃん」


「俺たちのところまで来てなかったからな」


 それで終わりだった。来ていない危険は、遠い危険だった。俺たちだって同じだ。西で誰かが食い物を取られていると聞いても、そこへ助けに行ったわけではない。今になって腹を立てているのは、自分の荷物を取られたからだ。


「帰ったらどうする?」


「話す」


「誰に?」


「みんなに」


「それから?」


 年長の男が俺を見る。


「帰ってから考える」


 若いのが離れたところで笑った。


「同じこと言ってる」


 聞こえていたらしい。


「うるさい」


 少しだけ空気が戻った。


---


 休憩を終えて道へ戻った。


 それから一時間ほど歩いた頃だった。


 後ろから音がする。全員が振り返った。馬ではない。車でもない。走ってくる人間の足音だった。


「待ってくれ!」


 男が一人、道を走ってくる。俺たちは槍を構えた。


「待て!」


 年長の男が叫ぶ。


 男は十歩ほど手前で止まった。息を切らしている。さっきの連中ではない。もっと年を取っている。五十を過ぎているように見えた。髪に白いものが混じっている。腰に銃はある。だが手には何も持っていなかった。


「お前ら」


 男は息を整えながら言った。


「今、あいつらに会ったか」


 誰も答えない。


「道で取り分を取る連中だ」


「誰だよ、あんた」


 若いのが聞く。


 男がそちらを見る。


「お前らと同じだよ」


「何が」


「取られる方」


 年長の男が前へ出る。


「何で追ってきた」


「聞きたいことがある」


「何を」


「どこの集落だ」


 俺たちはまた黙った。昨日なら答えていた。さっきも答えた。そのせいで何か起きたわけではない。それでも、もう簡単に言いたくなかった。


 男は俺たちの顔を見回した。


「言いたくないならいい」


 そう言って道端に腰を下ろした。


「水、持ってるか?」


 若いのが俺を見る。俺も若いのを見る。


「何」


「昨日と同じ」


「何が」


「水」


 確かに同じだった。知らない人間が来て、水を求めている。


 俺は水筒を取り出した。


「銃、先に見せて」


 男が眉を上げる。


「銃?」


「持ってるだろ」


「ああ」


「抜かないで。何丁?」


 男は一瞬きょとんとして、それから笑った。


「一丁だよ」


「弾は?」


「六発」


「本当?」


「数えるか?」


「いや」


 男は腰から銃を外した。ゆっくり地面に置く。その隣に弾を並べ始めた。一発、二発、三発――。


「本当に数えるの?」


「お前が聞いたんだろ」


 六発並べ終える。若いのが笑った。


「変な人」


「お前に言われたくないな」


 俺は水筒を投げた。男は受け取り、少しだけ飲んだ。


 昨日の三人とは違った。喉が渇いていないわけではないだろう。それでも一口で止めた。


「助かった」


 蓋を閉めて返してくる。


「それで、何を聞きたい」


 年長の男が言った。


 男は地面に置いた銃へ手を伸ばさず、こちらを見た。


「何を取られた?」


「斧と釘」


「薬は?」


「取られてない」


「そうか」


 男の顔が少し緩んだ。


「まだその程度か」


「その程度?」


 年長の男の声が低くなる。


「悪い。そういう意味じゃない」


 男が頭を掻いた。


「最初はそれくらいなんだ」


「最初?」


「ああ」


 嫌な言葉だった。


「次は?」


 俺が聞く。


「食い物」


「その次は?」


「もっと食い物」


「その次は?」


 男は答えなかった。


「人?」


 若いのが聞いた。


 男が若いのを見る。笑わなかった。


「働ける奴を出せって言われることもある」


「どこで働くの」


「向こうだ」


「向こうって?」


「連中のところ」


「何させられる?」


「畑。柵。運搬。恐竜が出たら追い払う」


「帰ってくる?」


「帰る奴もいる」


 若いのが黙った。


「帰らない奴も?」


「いる」


「殺されるの?」


「知らん」


 男はそう答えたあと、少し考えた。


「本当に知らない」


 その言葉だけは信じられた。


「何でそんなことするんだ」


 俺が聞いた。


「食い物が欲しいなら自分たちで作ればいい」


「作ってるよ」


「じゃあ」


「足りないんだろ」


「人数多いの?」


「多い」


「どのくらい」


「俺が最後に見たときで、百はいた」


 誰も喋らなかった。


 百。俺たちの集落で、武器を持って外へ出られる人間が何人いる。考えるまでもなかった。


「全員が兵隊じゃない」


 男が付け加える。


「子供もいる。年寄りもいる。畑もある。家畜もいる」


「じゃあ集落じゃん」


 若いのが言った。


「そうだよ」


「さっきの人たち、盗賊じゃないの?」


「そう呼びたいなら呼べばいい」


「違うの?」


 男は少し考えた。


「俺は昔、あそこにいた」


 風が吹いた。道の脇の草が揺れる。


「いた?」


「ああ」


「仲間だったの?」


 若いのが聞く。


「そうなるな」


 俺たちの手が、少しずつ武器へ近づく。


 男は気づいた。


「だから銃を置いたんだよ」


 地面には、銃と六発の弾が並んだままだ。


「今は?」


「違う」


「何で抜けた」


「嫌になった」


「何が」


 男は笑った。


「長くなるぞ」


「短くして」


 若いのが言う。


「お前、ほんと遠慮ないな」


「よく言われる」


「だろうな」


 男は少し考えてから言った。


「最初は、あんなじゃなかった」


 誰も口を挟まない。


「恐竜が増えて、集落が潰れて、食い物がなくなった。道も使えなくなった。人が死んだ。だから、生き残ってる連中でまとまった」


「それが何で取り分になるの」


「人が増えたからだ」


「増えたら畑増やせばいいじゃん」


「簡単に言うな」


「さっき俺も言われた」


 男が笑った。


「そうか」


 少しして、その笑いが消えた。


「畑を増やすには土地がいる。土地を守るには人がいる。人が増えれば食い物がいる。食い物を取りに行けば、また人がいる」


「ずっと足りないじゃん」


「そうだな」


「じゃあ減らせば?」


「誰を?」


 若いのが口を閉じる。


 老人か。子供か。怪我をした者か。働けない者か。誰かを選べば、その分だけ食い物は減らずに済む。でも、その「誰か」を選ぶ人間が必要になる。


「だから外から取る?」


 俺が聞いた。


「最初は、助けてもらってた」


「助け?」


「食い物を分けてもらった。代わりに恐竜を追い払ったり、道を直したりした」


「じゃあ本当に守ってたんじゃん」


 若いのが言う。


「ああ」


「今も?」


「守ることはある」


「じゃあ、さっきの奴が言ってたこと嘘じゃない?」


「全部はな」


 それが余計に気持ち悪かった。嘘なら、嘘だと切り捨てられる。少し本当だから、面倒になる。


「いつから変わった」


 年長の男が聞いた。


 男の顔から、さっきまでの軽さが消えた。


「さあな」


「いたんだろ」


「いたから分からないんだよ」


 男は地面の弾を一発拾った。指の間で転がす。


「昨日まで普通だった奴が、朝起きたら急に悪くなるわけじゃない」


「じゃあ誰が始めた」


「みんなだよ」


「みんな?」


「一回だけ。今回だけ。ここは余裕があるから。あそこは出せるから。うちには子供がいるから」


 男は弾を地面へ戻した。


「そうやってるうちに、払うのが当たり前になった」


「誰が決めたの」


 若いのが聞く。


 男は答えなかった。


「リーダー?」


 若いのが聞く。


「いるよ」


「どんな奴?」


 男が若いのを見る。


「会わない方がいい」


「怖い?」


「怖いな」


「銃持ってるから?」


「違う」


「じゃあ何」


 男はしばらく黙っていた。


「正しいと思ってるからだよ」


「何を?」


「自分がやってることを」


 若いのが首を傾げる。


「悪いことしてるのに?」


「本人はそう思ってない」


「なんで?」


「人間を守ってるからだ」


 俺は、さっき道を塞いだ男の言葉を思い出した。恐竜から。人間から。あれも、誰かから教わった言葉なのかもしれない。


「名前は?」


 年長の男が聞いた。


 男は答えようとして、やめた。


「知らない方がいい」


「何で」


「名前を知ったら、次はどこにいるか知りたくなる」


「別に」


「その次は、どういう奴か知りたくなる」


 男は立ち上がった。


「そこまで行ったら、会うことになる」


 地面から銃を拾い、弾を一発ずつ戻していく。


「会ったら?」


 俺が聞く。


 六発目を入れてから、男は腰に銃を戻した。


「話を聞いちまう」


「それだけ?」


「ああ」


「何がまずい」


 男は少し笑った。


「納得しそうになる」


 誰も何も言わなかった。


---


「お前、どこへ行くんだ」


 年長の男が聞く。


「東」


「俺たちと同じじゃん」


 若いのが言った。


「途中までな」


「何しに?」


「知り合いに会いに行く」


「昨日の二人?」


 俺が聞くと、男の目が変わった。


「二人?」


 男が聞き返す。


「西から来て、東へ急いでたらしい」


「いつ」


「昨日」


「どこで聞いた」


「北の集落」


「年は?」


「知らない。男二人としか」


 男が舌打ちした。


「何?」


「急ぐぞ」


「何で」


 男はもう歩き出している。


「お前らも帰るんだろ」


「ああ」


「なら一緒に来い」


「だから何で」


 男が振り返る。


「さっき取られた斧と釘」


「それが?」


「あいつらが何に使うと思う」


「知らん」


「俺も知らん」


「おい」


「でも、昨日から人が動きすぎてる」


 男は道の先を見る。


「二人が東へ行って、三人が北を見て、今日は道に八人」


 俺たちも同じものを見てきた。別々だったものが、初めて一つに並んだ。


「いつもじゃないの?」


「違う」


 男ははっきり言った。


「連中が動くときは、理由がある」


「何の」


「だから、それを確かめに行く」


 年長の男が俺たちを見る。俺は荷車を見る。薬は残っている。帰らなければならない。なのに、帰る方向に何かがあるらしい。


「名前」


 若いのが言った。


 男が振り返る。


「あんたの」


「俺?」


「リーダーのじゃないよ。あんたの名前」


 男は少しだけ笑った。今度は普通の笑い方だった。


「それくらいなら教えてもいい」


 名前を聞いた。俺は知らなかった。年長の男も知らないらしい。


 ところが、六人のうち一番後ろにいた男だけが、足を止めた。


「……待て」


 全員が振り返る。男の顔が強張っていた。


「その名前、聞いたことある」


 白髪混じりの男が、そちらを見る。


「どこで」


「昔だ」


「いつ」


 仲間はすぐには答えなかった。俺たちより年上だが、D-DAYの頃にはまだ子供だったはずだ。


「親父から」


 男は言った。


「西に、人を集めて町を守った奴らがいたって」


 白髪混じりの男は何も言わない。


「その中に、お前と同じ名前がいた」


「同姓同名だろ」


「親父が言ってた。市長の息子と、その友達が中心だったって」


 男の表情が止まった。


 若いのが俺を見る。俺も何も知らない。


「市長って何?」


 誰も答えなかった。


 白髪混じりの男だけが、しばらくして息を吐いた。


「昔、町で一番偉かった奴だよ」


「その息子って?」


 男は道の先を見た。さっきまで避けていた名前を、今度は自分から口にした。


 その名前を俺は覚えた。まだ顔も知らない。会ったこともない。ただ、その男が今、西で人を従え、集落から「取り分」を集めている。


「昔は」


 白髪混じりの男が言った。


「あいつ、本当に人を守ってたんだよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。