もどかしい想いと、仲間の励まし
天井まで届くほどの大きな窓と、そこから垂れ下がる深紅の天蓋カーテンはいつ見ても優雅で素晴らしい。
ここはヘンリーニとナリオーネのお気に入りの部屋の1つで、彼らは優雅にお茶タイムを楽しんでいた。
「なんだと?レーガの元に行きたいだと?」
ヘンリーニがティーカップから口を離すと、気難しげな顔をして言った。
「はい。私も少しばかりは戦力になります。それに、レーガ様は、私との婚約解消を考えるほど思いつめている様子。そばにいて力になりたいと思いました」
「ティニー……」
ティニーのファンであるナリオーネは眉を下げている。
「許可できない」
ヘンリーニはこともなげに言った。迷う気持ちは微塵もないらしい。
「なぜでしょう?」
「ドラゴン退治に適任だと選んだレーガが大怪我をしたのだ。その時点で、お前などあの土地にやっても意味がない」
「そうかもしれませんが、私には辺境での戦いの経験があります。ドラゴン相手ではないですが」
必死に言ったが、彼は聞く耳をもたなかった。
「勝てもしない者など派遣できるか。お前が怪我したら私が責められるしな。それに、今、お前には女性騎士の教育を頼んでいるではないか。看病ならほかの者でもできる。お前が行くことはない」
「私は仮にも婚約者の立場です」
「レーガから聞いているぞ。あれは婚約を解消するつもりじゃないか」
ヘンリーニの言葉がグサリと胸に突き刺さった。
「今、レーガの元で看病しているのは長年の付き合いのある女性らしいぞ。いろいろと諦めるには条件が揃いすぎてる」
「そんな……」
ショックを受けたティニーにナリオーネが優しく声をかけた。
「ティニー、私はあなたが不幸せになるところなんて見たくないわ。こうなったからには、あなたは新しいところへと目を向けるべきよ。私もティニーがそばにいた方が嬉しいし」
慰められているのか、ただ単に自分のそばにおいておきたいだけなのか、分かりかねたがナリオーネもレーガの元へやるつもりはないようだ。
「とにかく。お前は王都にいろ。勝手に向かうなどあり得ないからな?」
レーガの元に向かうどころか、王都から出ることさえ禁じられた。
とぼとぼと訓練場の方へと戻ると、騎士たちが一斉にティニーを見た。皆、ティニーがレーガの元に行きたいと、ヘンリーニに直訴しに行ったことを嗅ぎつけていた。
「どうだった?」
副隊長のウルバーノが、気まずそうにしながら笑みを浮かべて尋ねる。
「……ダメでした」
ティニーが短く答えると、場の空気が少し重くなった。
「婚約はどうなるんだ?」
ヘルマンがズバリと尋ねてきた。ほかの騎士も気になるようでジッと見ていた。
「正直、難しいかも。実は、婚約を解消したいと手紙で言われた」
ティニーの言葉に騎士たちは視線を伏せた。メイたちも口を引き結んで黙っていた。
「皆、気にしないでくれ。騎士生命が危ぶまれるほどの大怪我なら、未来を描けなくても仕方がない」
気にしないように皆に言ったが、沈んだ空気のままだった。
「ティニー……僕たちは、どんな決断でも応援するから」
副隊長のウルバーノが低く言うと、場の空気がほんのわずかに和らいだ。
「ありがとうございます。……さ、訓練の続きやりましょう」
ティニーは、胸の奥にレーガを想う未練を抱えながらも笑顔をつくると大きな声を出す。
訓練の掛け声が再び響き始めた。木剣がぶつかる乾いた音、甲冑が擦れる金属音、砂を蹴る靴音、いつもの日常だ。
ティニーが剣を振り下ろしてメイと打ち合っていると、ふいに背後から声が飛んできた。
「軸がブレてるぞ」
振り返ると、そこにギンスがいた。
木剣を肩に担ぎ、いつもと変わらぬ無邪気な笑みを浮かべている。
「ちょっと抜けろ。……お前が剣を振り回してても、今は集中できねえだろ」
ティニーはメイに“ごめん”と小さく告げると、木陰に並ぶ長椅子に座った。誰も自分を咎める者はいなかった。
風が頬を撫でていく。
「ほれ、これ飲め」
ギンスが水筒を放って寄こした。
ティニーは受け取ると一口含んだ。冷たい水が喉を通っていく。胸の苦しさまでは消えない。
「皆の知るところになっちゃったな」
「そうだな」
ギンスは空を仰いでから、低く続けた。
「でも、それでいいんじゃねえのか。オレだけじゃなくて、皆、お前がどんな道を選んでも支えるつもりだよ。無理に隠して背負い込む必要なんてない」
ティニーは水筒を握りしめたままうつむいた。
ギンスの言葉が胸に沁みて、ティニーは思わず泣きそうになった。




