祝福の夜に――辺境伯令嬢の新しい未来
王城の大広間は、今夜ばかりは戦の香りではなく花の香りで満ちていた。
飾られた花々の間を、侍女たちが忙しなく行き交い、客人たちは笑顔で祝杯を傾けている。
「あいつら遅いな」
「ヘンリーニ様ったら、せっかちですわ」
いつもより着飾ったヘンリーニとナリオーネが王族専用席に座っていた。
「こんなことでもなければ、王族である私がこうして待つこともないのだぞ」
「たまにはいいではないですか。だって、あのティニーとレーガの婚約披露の夜なのですよ?」
そう、今夜はついに2人が結婚することが決まってお披露目のパーティーだった。
「まあ、仕方ない。私がレーガをティニーに紹介したのだからな」
「そうですわ。私、ティニーが結婚してしまうのは嫌ですけれど、彼女には気の毒なことをしたから報いてあげなければならないわ」
「うむ……」
ヘンリーニは現在、無事に幼馴染で恋人のナリオーネ公爵令嬢と婚約中の身だ。
ティニーを婚約者に選んだ父王は、婚約破棄をものすごく怒ったが、不仲のナリオーネの父が頭を下げたのもあって、ようやく認めたのだった。
「それにしても遅いな……私を待たせるなんていい度胸をしている」
ヘンリーニがイライラしていた頃、控室では一騒動起きていた。
「落ち着け……!吸って、吐いて……ゆっくり」
レーガがティニーの背中に手を当てて支えている。
ティニーの硬くこわばっていた顔に表情が戻ってきた。
「ありがとうございます……もう平気」
ティニーはあまりの緊張で過呼吸になって倒れていた。
「自分がこんなやわい人間だとは」
「それだけ、大事なパーティーだと思ってくれたからだろう?」
レーガが微笑んだ。背中にある彼の掌のぬくもりが温かかい。
「そうですね。……皆さんをお待たせして申し訳ないから早く行きましょう」
「本当に大丈夫か?」
なおも心配そうな顔をするレーガを見てティニーは笑顔を見せた。
「あなたが私のそばにいれば何も心配いりませんから!」
ティニーの手をレーガが包み込む。
「君をずっと守り続ける」
「……えへへ、照れますね」
控え室に和やかな空気が流れた。
「お熱いねぇ」
扉の隙間から中の様子を見ていたギンスがくすっと笑う。
あまりにも彼らが遅いので様子を見に来ていたのだ。
ティニーが過呼吸で倒れている時はヒヤッとしたが、レーガが上手に彼女を落ち着かせてくれたのでそのまま声をかけずにいた。
「……覗きの趣味でもあるのかしら?」
フィオナが腕を組みつつ眉をひそめた。
「婚活中の令嬢がそんなこと言うとモテないぜ?」
「う……」
――婚約披露のパーティーは騎士団の仲間やティニーやレーガの両親たちも招待されていた。
王城の大広間の扉がゆっくりと開かれる。
ざわめきが波のように広がり、招待客たちの視線が一斉に注がれた。
ティニーは深く息を吸い、レーガと並んで歩き出す。
ほんの数分前まで過呼吸で倒れていたことなど、まるで無かったかのように彼女はスッと背筋を伸ばして歩いていた。ティニーは“やる時はやる!”と決めている。カッコ悪い姿など見せたくなかった。
そんな彼女の手をレーガがしっかりと握っていた。
ヘンリーニたちの前まで来ると、彼は待ちくたびれた様子で言った。
「やっと来たか」
「すみません。でも、殿下たちを待たせるなんて人生でそうできることではありません。貴重な体験をありがとうございます」
「これ、ティニー……! すみません、実はティニーが過呼吸を起こし、処置で遅れました」
レーガの言葉に、ナリオーネは複雑な表情で口元に手を当て、思わず声を押し殺した。
「あらまあ!大丈夫なの?なんならこの婚約披露のパーティーを止めてもいいのよ?」
「それはその……」
ナリオーネがいまだにティニーとレーガの結婚に乗り気じゃないのをレーガはよく知っていた。いつもナリオーネはレーガを押しのけてティニーと話しているからだ。
「ナリオーネ様、私は大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます。今日もお美しいですね」
「ティニー、やっぱり結婚をやめて……」
「おいおい、毎度毎度、この流れを私が止めなくてはならんのか?お前らは早く結婚してしまえ」
強引にヘンリーニが遮ると、笑いが起きた。
このやりとりは王宮でのちょっとした名物になっている。
レーガは壇上に立つと、力強い声で話し始めた。
「本日は、私とティニーの門出を祝ってくださり、ありがとうございます。彼女を守り、支え、生涯を共にすることを、ここに誓います」
会場が拍手で包まれる。
ティニーは、夢でも見ている気分になった。
「私も、あなたとならどんな道でも歩いていきます。幸せになりましょうね!」
乾杯の後、騎士団員や家族、旧友が次々と2人を囲んだ。ギンスも笑顔だ。
レーガがそっとティニーの耳元に囁いた。
「全てがオレたちを祝福している、そんな気がするのはオレだけかな?」
「いいえ、私もそう思います。よろしく、あ・な・た♡」
ティニーがいたずら心に甘い言葉を言うと、レーガは胸を抑えた。
「その呼び方は……くる」
大広間のシャンデリアがきらめき、笑い声が夜空へと溶けていく。
こうして、辺境伯令嬢ティニーと騎士団長レーガの物語は、ひとまずの幕を下ろしたのだった。




