戦場育ちの令嬢が王子の婚約者になった理由
ティニーの故郷、アダンジョ伯爵領は辺境の地にある。
荒れ果てた風が吹き抜ける原野は、冬になれば雪が腰まで積もり、夏には盗賊が北の山から降りてくる――そんな土地だった。
平和とは言い難いこの地では、女性でも剣を握るのは珍しくない。皆、自衛できるように訓練を一度は受ける。
だから、子どもたちは男女関係なく遊びながら、戦いごっこをするのも普通だ。
今日も、城壁近くから街の子どもたちが戦いごっこで遊ぶ元気な声が聞こえていた。
「……ティニーは上手くやれているのだろうか」
心配そうに言ったのはティニーの父だ。
「王がティニーを殿下の婚約者に指名した時はどうなるかと思いましたが、どうにかこちらでの教育に耐えていたではないですか」
「ここはまだ自領だから耐えられたのだろう。王宮はあの子にとって息が詰まる場所に違いない」
「しかし、父上が王の命を受けられたのですよ」
「誰が王の命を逆らえるというのだ」
ティニーの1番上の兄であるアーロンは、妹がなにかをしでかしていないか心配していた。
「ティニーは、剣を持つことも許されていないのでしょう?いつかブチ切れるのでは」
「ワシはあの子の育て方を間違えたのかもしれん。ついあれこれと教え過ぎた。だが、辺境で生きていくものと考えていたからこそ、そうしたのだ。誰が王子の妃になるなど、予想できただろうか!」
ダン、と父は机を叩く。
アーロンはそれを見て、かつてティニーが鍛錬場で男顔負けの剣筋を披露していた日々を思い出した。
アダンジョ家特有のガッチリした体型を継承しているティニーは、力も強くて弟たちも簡単に打ち負かして泣かせていたな、と。
「青天の霹靂ですね。まさか王がティニーを指名するなんてオレも思いませんでした」
「そうだろう」
ティニーの父は腕を組み、ウンウンと頷いていた。
――事の発端は、王の突然の発言だった。
『ティニー嬢をヘンリーニの婚約者にする』
王は、隣国の侵入を見事に防いで辺境を守り続けているアダンジョ伯爵家を気に入り、褒美としてティニーを王太子の婚約者に選んだのだ。
でも、ティニーが王都に行った後に分かったことだが、実際は褒美の意味よりも、息子のヘンリーニとナリオーネを一緒にさせたくなかった方が強かったらしい。
王はナリオーネの父が大キライだった。彼らは幼い頃から競い合い、仲がかなり悪いのは王都に住む貴族なら知っている。
辺境にいるアダンジョ家としてはそんな事情も知らずに、王の命令だからとティニーを婚約者として送り出した。
「王命でなければ……」
父は悔やむようにつぶやいた。
婚約者に、という話をティニーにした時、彼女は激しく抵抗した。そもそも、彼女はダメだと言っている戦いにも勝手に付いて来る始末。特に、ティニーの谷間での戦いの話はアダンジョ領では有名だった。
――ある時、父と兄たちが敵を谷間に追い詰めたことがあった。
密かに父たちをつけて来ていたティニーは、連れて来た部下を引き連れ、崖の上へとまわった。
そして、一斉に風を切るように崖を馬で駆け下りたのだ。
ティニーの軍団は敵の指揮をとる者と兵とを分断した。混乱した敵は驚いて飛び出して、父たちによって打ち取られた。
ティニーも敵を追撃して、かなりの数を打ち取った……というのが彼女の武勇伝である。
ちなみに、この時はさすがに父と兄たちが猛烈にティニーを叱った。
が、ティニーは震えるような興奮で身体の奥から湧き上がる喜びで大満足していたのだった。
だからこそ、王宮で優雅に暮らすヘンリーニの婚約者にティニーがなるなんて、誰もが想像できなかった。
「私が、殿下の婚約者……?」
王命を父から聞かされたティニーは耳を疑った。
彼女は、立ち上がるとさっそく食堂の長机にドン!と握りこぶしをぶつけた。
「冗談でしょう!?あの、歌とダンスで頭がいっぱいの王子と婚約?正気だとは思えませんね」
「正直、私たちもそう思っている……それでも、王命なのだ。従うしかあるまい」
一度言い出したら頑として譲らない父に、しぶしぶティニーは花嫁修業を開始したのだった。
そして、なんとか形になったところで、王宮へと送り出された。
もちろん、剣を持って行くことも許されず、迎えの馬車の中で発狂しそうになったティニーだった。




