策略に巻き込まれたフィオナに起きた事件
舞踏会にはフィオナと同じように社交デビューする令嬢や令息が大勢いて、煌びやかな衣装が灯りに輝いて華やいでいた。
ティニーとギンスは歩きながら目を合わせて、なにやら話している。
(自分で頼んだとはいえ、気になるな……)
レーガは拳を握りしめた。
フィオナの社交デビューに付き添うことにしたが、ティニーたちの様子が目に入ると、嫉妬の感情が芽生えてきてしまう。
(ギンスはまだティニーに未練があるだろうからな)
舞踏会場で一人になってしまう彼女を心配して、ギンスにエスコートを頼んだことを早くも後悔していた。
「フィオナ、しばらく彼らと話をしていてくれ」
騎士団長で侯爵家嫡男である自分に声をかけてくる者がたくさんいる。フィオナのまわりにはさっそく令嬢や令息が寄って来ていた。
「分かったわ」
フィオナは笑顔で頷いた。
レーガが安心した顔で席を立ち去ると、令嬢たちが先ほどよりも近づいてきた。
「……ねえフィオナさん。ずっと気になっていたけれど、そのドレス、時代遅れね」
急に冷たい声で令嬢の一人が言うと、ほかの令嬢が鼻で笑った。
彼女らは、態度を一変させていた。先ほどまでレーガの前では礼儀正しく振る舞っていたのに。
「あなたたち、さっきはこのドレスが素敵だと言ったくせに」
「真に受けるなんてとんだ田舎者ね」
令嬢たちはニヤニヤと笑っていた。
その様子を見ていた令息は、フィオナに声をかけた。
「踊らない?」
ずいぶんと軽い調子でダンスに誘うのだなと気になったが、令嬢たちから助けてくれたのかもしれないと思って承諾した。
令息に腕を取られ、舞踏会の広間で踊り始める。
「……さっきのやりとりを見て、助けてくれたの?」
「君にはそう思えた?前向きだね」
(歯に物が挟まったような言い方をするわね。これが王都流?)
「僕は君に教えてあげようと思ってダンスに誘ったんだよ。……まわりを見てみなよ。皆、君を見ているだろう?それは、君が時代遅れのドレスを着ているからだよ」
「私に恥をかかせようと思ってダンスに誘ったってわけ?」
「そうだよ。痛い経験をすれば、彼女たちがいろいろ言わなくても気を付けるようになるだろう?君の勘違いを正してあげているのさ」
令息は口の端を上に持ち上げるとニヤリとした。
「騎士団長には敬意を払わなきゃな。彼のお気に入りに手を出すから、こうした面倒が増えるんだぜ?」
フィオナの目が鋭く光った。
(こいつ、私が以前、ティニーに嚙みついたことを言ってるわけ?)
「……あなたみたいな失礼なヤツ、レーガに言いつけてやるわ」
「騎士団長がいつまで優しくしてくれると?騎士団長はティニー様が大好きだって言うじゃないか。元婚約者だのと言い張って迷惑かけたのは君だろ?厚かましい」
「なんですって!」
「事実さ、騎士団長は君に合いそうな令息探しをしているじゃないか。君を厄介払いできるから熱心なのさ。ああ、でも騎士団長の親戚になれるなら僕も立候補してみようかな?」
「あんた!」
頭にきたフィオナはダンスのリズムに合わせて、令息の足を強く踏みつけた。
「イタッ!」
令息があまりの痛みに叫んだ。
「な、なにするんだよっ!」
「あなたが悪いのでしょ!平気で人を見下す人に天罰を与えてやったのよ」
「ふざけるな!」
令息は彼女を突き飛ばした。
「きゃあ!」
床にフィオナが倒れ込んだ。
さすがにまわりで踊っていた人々も驚いて、動きが止まる。
――舞踏会場の一角でざわめきが起きていた。
ティニーは騒ぎの方に視線をやると、人々の間から床にはいつくばっているフィオナの姿を認めた。
「あれは……」
ティニーが駆けだすと、すぐにギンスも続いた。
「なにが起きた?」
「わからない。けど、女性を突き飛ばすなんて放っておけない」
人をかき分けると、ティニーが前に出た。
「その手を今すぐ離しなさい」
令息はフィオナを突き飛ばすだけでなく、腕をねじり上げていた。
「ティニー様。僕は彼女に礼儀を教えていただけです」
「人の前で令嬢の腕をねじり上げることが教育だって!?」
ティニーは、もはやドレス姿であることも忘れて、腕を組むと厳しい声を出した。
「僕はティニー様のためにしつけてやったんですよ?この令嬢は騎士団長のことが好きなのでしょう?敵ではありませんか!」
「私はそんなことを頼んでいない。今すぐ手を放せ!」
「だって……」
まだなにか言い訳をしようとする令息の手を掴んだのはギンスだった。
「手を放せと言っているだろう」
ギンスは逆に令息をねじり上げた。
「痛いってば、痛い!」
令息は早くも泣いていた。
「そこまでにしてやれ」
ざわつく場を制しながら、グラスを手にしてゆっくりと近づいてきたのはレーガだった。
彼の鋭い眼差しが令息に向けられた瞬間、令息の表情が固まる。
「フィオナに手を上げるとは命知らずな。無礼な振る舞いは許さん」
低く響く声に、周囲の空気が一気に凍りついた。令嬢たちは一斉に青ざめ、視線を逸らした。
広間のざわめきが遠のく中、レーガはゆっくりと執事に向き直った。
「こいつを牢へ連れて行け。侯爵家の面子を傷つけた罪だ」
執事はすぐに動き出し、令息を引きずるように連れて行く。
フィオナをいじめた令嬢たちは状況の悪化を知って、恐る恐る後ずさった。
「ちょっと、そこの令嬢たち。去る前にやることがあるでしょう?」
ティニーが静かに言うと、令嬢たちはたちまち言い訳を並べ始めた。
「私たちもティニー様を怒らせるつもりはなくてその……」
「いいから謝る!」
ティニーが言うと、彼女たちは素直に頭を下げた。
「フィオナ様、ごめんなさい……」
彼女たちも例にもれなくティニーのファンだった。
事態が落ち着くと、重苦しい空気が解けていった。




