許されぬ抱擁と氷の視線
訓練が終わり、日もすっかり傾いてきた頃だった。
シャワーを浴びてすっきりとしたティニーは、ギンスを食堂に誘おうと男子寮の方へと向かっていた。
すると、まだ訓練着姿のままで木陰に一人座っているギンスを見つけた。
「まだシャワー浴びてなかったのか?もう夕食の時間だよ」
「わかってる。けど、そういう気にならない」
「なんだよ。まだ負けたことを気にしてるのか?あれは仕方ないよ。強いからこそ団長やってるんだし」
ポン、と背中を叩くとジロリと睨まれた。
「お前、無神経で鈍感。男心分かってないな」
「え……そんなひどいこと言ったかなあ?それに、男心なんて言われても。私は一応、女だから完全に理解は難しいかも」
「……もういいよ。お前が慰めてくれるなら元気出るかも」
「え、そう?じゃあ、とりあえず食堂に行く前に、シャワー浴びてこいよ。ここで待ってるから」
食堂は汚れたまま入るのは禁止されている。
「ああ」
ギンスは急いでシャワーを浴びに行った。
しばらく、木にもたれて待っていると、すぐに彼は戻って来た。濡れた髪がちょっと色っぽい。
「早かったね。……お前って、水が滴るといい男って言われたりしない?」
「いい男?なんだよそれ」
ギンスが濡れた頭に手をやりながらやっと笑顔を見せた。
「慰めてくれてるのか?」
「う~ん、思ったことを言っただけだけど?」
「そうか」
ギンスは肩が触れ合うくらいの距離に寄ってきた。
「ちょっと、近いよ」
「お前が嬉しいことを言うから喜んでいるんだよ」
ギンスから石鹸の良い香りがして……少し、ドキリとした。
(いけない、私ったら。何を考えているの)
――食事を終えた。
「食い過ぎた。少し歩こうぜ」
「いいけど。少しだけだよ。私、読みたい本もあるんだから」
「へえ、本を読むのか」
「読むよ。知らないことを知るって面白いじゃないか。だから、妃教育も耐えられる部分があった。過去のことだけどね」
夜の王宮の庭は噴水が月明かりに照らされて思のほか、ロマンチックだった。ゆっくりと噴水の周りを歩くと水音が静かに響いていて、日常とは違った雰囲気を感じる。
(レーガ様とも噴水のそばで話をしたな)
「……こうして2人で歩くと、なんか変な感じがするね」
「変って?」
「だって、私たちっていつもほとんど、訓練場にいるからさ」
ティニーは笑った。
「そうだな。でも、オレはこんな日がもっとあるといいなと思ってるけどな」
「へ、へえそう?」
ギンスの手がそっと伸びてきて、ティニーの頬に触れた。
「なにするんだよ?」
動揺を隠せず、ティニーは慌ててその手をそっと振りほどく。
「こういうの、よくないよ……」
「なんで?慰めてくれないのかよ?」
「慰めるってのは、こういうことじゃなくて……。私、一応、団長の婚約者なんだからさ」
「半分しか許してないくせに」
「それはそうだけど」
「また、傷つくようなことが起きたらどうするんだよ?」
「え……?」
ギンスの言葉が心の奥に静かに沈んでいき、ティニーは言葉を返せず、ふと視線を落とした。
「それは、ちょっとしんどいな」
ティニーは苦笑いを浮かべ、小さく息を吐いたその刹那、ふと目の前の月明かりが翳った。
気づいた時には、ギンスの腕がティニーをしっかりと包み込んでいた。
「……ギンス!」
声は驚きと戸惑いが混じって小さな叫びとなる。
近くで聞こえる鼓動が、自分のものか、彼のものかわからないほど脈打つのを感じた。
ギンスから香る石鹸の匂いが、息苦しいほど近くに感じる。
驚きと戸惑いの中、ギンスの腕の温もりがじわりと広がっていった。
「は、離せって」
ギンスの胸を押し返したが、すぐに強い力で再び抱きしめられた。彼の吐息が耳にかかり、胸の奥がざわめいた。
「ギンスってば!」
「……何をしている」
低く押し殺した声が背後から響いた。
振り返ると、噴水の影からレーガが現れた。
月光に照らされたその瞳は氷のように冷たく光り、まっすぐに2人を射抜いていた。




