夜の街でふたりきり──距離が近づく食事デート
――ぐぅぅぅ。
静かな部屋に、ティニーのお腹が遠慮なく鳴り響いた。
(……え、今!?)
さっきまで婚約の真実を語り合っていたというのに、感動的な空気は一瞬で吹き飛んだ。ティニーは顔を赤らめた。
「……ははは、訓練後ですしこの時間はお腹が空いてきちゃって」
ティニーは照れくさそうに頬をぽりぽりと掻きながら、小さく笑った。
「良かったら城下に食事しに行かないか?いい店を知っている」
「そ、そうですね……悪くはないかもしれません」
フィオナのことがきちんとするまでは一緒に出掛けるつもりはなかったが、ご馳走が食べられるかも、と思うと食欲が勝ってしまった。
(食べ物につられるなんて情けない。でもお腹空いたし、思わぬ心の内も聞いたことだし……)
食事に行くのは罪じゃない、と都合よく考えることにした。
「あの、食事に行く前にギンスに伝えないと。あいつ、私を気にして食堂にいつも誘ってくれるんです。今日も待っているかもしれない」
「いつも2人で食堂に……?」
レーガの声が少し鋭る。
「一緒って言ってもメイたちもすぐ近くにいますし。皆でわいわい食べてるだけです」
「……あいつにはオレから伝えておく。君は街に出る用意をしてきてくれ」
「用意なんてありませんから自分で……」
「いいから。そんな不安そうな顔をしないでくれ。ただ、街にティニーと食事に出るから待たなくていいと優しく伝えるだけだ」
「なら……お願いします。用意してきます」
レーガがどうしても自分で伝えると言うので、任せた。一応、着替えのために寮の部屋に戻る。
――城門へと行くと、レーガが待っていた。彼も着替えていた。
「行こう」
「はい」
2人は城を出て、薄闇に包まれた石畳の道を歩き始めた。
城下町に近づくと、夜風に運ばれる店の灯りと人々の笑い声がしてきた。
賑わいの中心に近づくと、屋台でビールを飲む人々の姿が見えて香ばしい肉の香りが食欲をそそった。またお腹が鳴りそうになる。
屋台のまわりには、石造りの建物が肩を寄せ合うように並んでいて、木組みの看板が軒から吊るされていた。
(屋台で食べるのかな……)
そんなのもいいなと考えていると、レーガに手を引かれた。
「ティニー、こっちだ」
レーガが指さした先には、古びた石造りの壁と丸いアーチの扉を持つ店があった。入口脇の燭台に灯る火が静かに揺れている。
レーガは扉に手をかけて重厚な扉が音を立てて開くと、木の香りと香辛料のほのかな匂いがしてきた。
天井からはシャンデリアが吊り下がり、暖かな光が店全体を柔らかく包んでいる。棚にはワインの瓶がずらりと並び、古びた地図や絵画が飾られた石壁も趣がある。
「いい店を知っているんですね」
「ここはオレの密かな行きつけなんだ。君を連れて来たいと思っていた」
「そうなんですか……」
密かな行きつけの店に連れて来たかった、と言われて少し心が浮き立った。
席に着くと、すぐに店の主人らしき中年の男性が笑顔で近づいてきた。
「いらっしゃい団長。いつものアレですか?」
「ああ。頼む。ワインは軽めの赤で」
「かしこまりました」
主人が下がると、ティニーが聞いた。
「馴染みの店があるなんて大人って感じですね」
「君はこんな店に来たことがないか。……君は少し前まで殿下の婚約者だったのだからな」
「それはもう過ぎた話です」
「そうだな。余計なことを言った。ここは、気取らず落ち着ける場所だ。料理もいい。きっと気に入ると思って連れて来たんだ」
しばらくして、木のトレイに乗せられた香草を添えの肉料理が運ばれてきた。季節の根菜のスープからもいい香りが漂っている。ワインのボトルも同時にテーブルに置かれた。
「さあ、食べよう」
「はい」
――食事を終えたテーブルの上には、空になった皿と半分ほど残ったワインのグラスが並んでいた。
ティニーは背もたれに軽く寄りかかると、ワインでほんのりと赤らんだ顔を緩ませた。
「美味しかったです、本当に。どれも」
「それは何よりだ」
レーガもグラスを手にしながら、穏やかに微笑んだ。
「君とこうして時間を一緒に過ごせるのは幸せだ」
「……穏やかではありますね」
「まだ、オレを許せないか?」
レーガがグラスをそっと置いた。
「許すもなにも……真相を言うなと言われていたならば仕方ありません。ただ……フィオナ嬢はどうするのです?彼女を無視するわけにはいきません」
「フィオナにも真相を話そうと思う。オレが望んで結ばれた婚約だと」
「まずくないですか?殿下が怒りますよ」
「君に自分の気持ちがうまく伝わらず、すれ違った。もう、そんなことはしたくない。だから、フィオナにもきちんと説明しようと思う」
ティニーは、レーガの真っ直ぐな言葉に思わず小さく息を吐いた。
(この人は本当に真面目なんだな……)
「そんな心配な顔をしないでくれ。言葉は選びながら説明するつもりだから……」
レーガは信用がないと思われたと思ったのか、何とか説明しようと苦戦している。
ティニーは思わず、プッと笑うと言った。
「では、お願いします。私たちのことはそれが解決したらまた前向きに考えられるはずですから……」
レーガはティニーの言葉に、瞳をゆっくりと見開くと笑顔を見せた。
「ティニー。オレたちが過ごした時間は少ない。だが、これからは時間を一緒に過ごして、こうして小さな幸せな時間を積み重ねていきたい」
その声は静かだが、熱を帯びた言葉だった。ティニーは少しだけ目を伏せて、頬を赤らめたのだった。




