ギンスとの野駆け
ギンスに触れられた手から彼の体温を感じられた。
「なあ、今度の休みに街に遊びに行かないか?」
「……それはやめておくよ。だって、私はまだ団長の婚約者だ」
「そんなの気にする必要あるか?」
ギンスは少し身を乗り出し、ティニーの目をじっと見つめた。
「だって、殿下の紹介で団長とは知り合ったんだぞ?人目についたらまずいだろ」
「人目につかなきゃいいのかよ?……なら、野駆けはどうだ?」
「野駆け?」
故郷では馬に毎日乗っていた。王宮に来てからはあまり馬に乗ることもなくなって、内ももの肉が緩んでいる気がする。
「いいな。馬に乗りたい」
王宮仕えの騎士は基本、城勤めなので馬で駆け巡る機会は少ない。訓練で乗ることはあっても時間はわずかだ。
「お、食いついたな」
「どこに行く?ビヴァリーの丘か?」
「いいな。あそこは穴場だ」
思いがけず野駆けの話になって、ティニーは楽しみになってきた。
「やっと笑顔になったな」
「だって、故郷では毎日のように馬に乗っていたんだぞ。ちなみに、ギンスはどのくらい馬を扱えるんだ?」
「オレも馬は得意だよ。騎士団に入る前は、領地でやっぱりお前みたいに馬を乗り回していた」
「なら、ちょうどいいな」
「ああ」
さっきまで泣いていたのに現金だな、とティニーは思いながらも自然と笑みをこぼした。
――週末になった。
朝早く城を出て向かったのは、約束したビヴァリーの丘だった。
ここは城の裏側から出て、ひたすら進んだところにある人けのない丘だ。丘からは海が望めた。
丘に進むにつれて潮の香りが強くなる。なんとなく肌にまとわりつく湿った風も海風ならではだった。
日陰になる大きな樹の下まで来ると、そこで休んだ。
「海、久しぶりに見るなあ」
「オレもだよ。辺境には川はあっても、海はないもんな」
「ああ。山ばっかりだ。お前の領地もそうなの?」
「オレのところもそうだよ。そもそも海に面しているのは王都の周辺だけだろ」
「だな」
草原に寝そべると、空が大きく見えて悩んでいることがちっぽけに思えた。
「ギンス、お前っていい奴だな」
「何を今さら。オレは前からいい奴だぞ」
「そうかも。でも、最初は私に突っかかってきたよな?」
草を撫でながらギンスの方を向く。隣で寝そべるギンスと目が合った。
「それは、お前が殿下の婚約者だったのに、急に“騎士になる”なんて騎士団に入ってきたから。……誰も本気にしていなかった」
「私は以前から辺境で戦っていたのにな」
「皆、知らなかった。おそらく、お前が女だから報告されていなかったんだろう。お前が戦えるほど武術に秀でているとは誰も思ってなかったんだよ」
「……」
この国は男性が優位の国だった。だからこそ、男勝りなティニーは女性から支持される。
「私が戦いに出ると、家族はものすごく怒っていたな。私には意義があることだったのに」
「それは、お前が心配だからだよ。辺境伯の大事なひとり娘なんだろう?」
「……私が大事なら、殿下の婚約者になる話なんて受けないで欲しかった。私は辺境で気ままに暮らすつもりだったんだ。普通に土地の者と結婚して子どもを生んでさ……」
ギンスが勢いよく上体を起こすと、ティニーを見つめた。
「お前、結婚する考えがあったのか!?」
「なんで驚くんだよ、失礼だな。私だって人並みに幸せを願っているよ」
草をぶちっとちぎると空に放った。風に流れて飛んでいく。
「ティニー。お前が幸せを望むなら伝えたいことがあるんだ」
ギンスが顔をのぞき込むように近づいた。
「……オレ、お前が好きだよ」
風がまた通り過ぎていった。




