第八百二十二話
「ふおぉぉぉっ、この極上の野菜達が使い放題ですと?神使様、本当に使って宜しいのですね?」
「う、うむ。収穫してもまたすぐになる故、好きなだけ使うがよい」
迷い家の畑で目を血走ら・・・輝かせているのは、宮内省の大膳課から派遣されてきた料理人だ。何故宮内省の職員が迷い家に居るのか。
「陛下、随分と釣りの腕が上達なされていますね」
「この場で肩書は不要だ。堅苦しい呼び名ではなく普通の家族として過ごそうではないか」
「ふふっ、よろしいのですか?では・・・旦那様」
砂浜で魚籠を片手にいちゃつくこの帝国で至上のご夫妻。そしてその横で両親の熱々ぶりを見せつけられ砂を吐きそうな顔をしている皇太子殿下。
アーシャの大宮ダンジョン派遣を宮内省に打診した所、それが今上陛下のお耳に届いてしまった。そして短期間であるなら陛下も同行すると言い出された。
現役の天皇陛下が本格的にダンジョンに潜るなど前代未聞。侍従長さんを筆頭に宮内省総出で陛下の説得に乗り出した。激しい攻防の末、アーシャと舞が春休みになるまでの間俺が皇居に常駐するという妥協案で落ち着いた。
皇居に入った俺は早速迷い家を開放したのだが、今回は滝本家とロマノフ家は同行していない為料理担当として皇族の方々の料理を担当されている大膳課の料理人を招き入れたという次第だ。
「張り切るのは良いが、そなたらは神気や妖気に耐性が無い。身体に不調を覚えたら申告するのじゃぞ」
「これだけの食材を前にして身の安全を理由に退く料理人などおりませぬ。命を賭して至高の一品をお作り致します!」
「かけるでない、かけるでない。使う食材を選んだら、持ち帰り外で調理するがよい」
料理漫画の主人公のような事を言い出す料理人さん。もしかして、料理界を牛耳ろうとする闇の料理会と戦ってたりします?
「今上陛下に皇后様、皇太子殿下も気を付けてほしいのぅ。初迷い家ではないとはいえ、濃くなった神気にて体調を崩す恐れはあるでな」
「承知した。朕らもここに来る頻度を上げて神の気に慣れるようにせねばな」
今上陛下のお言葉に首肯して便乗する皇后様と皇太子殿下。背後でバーベキューの台を設営している近衛の人達も首肯しているのは、外敵の心配がないからなのかな?
「下拵えが終わりましたぞ。鉄板の火加減は・・・」
「そなた、神気に当てられておるのではないか?顔色が悪くなっておるぞ」
皮をむかれ綺麗にカットされた野菜達を持ってきた料理人を見た今上陛下の指摘に、料理人は顔を逸らす。
「ま、まだ大丈夫で御座います。お慈悲を、どうかお慈悲をっ!」
近衛に両腕を確保され引き摺られるように退出していく料理人さん。冗談抜きで命に係わるので無理は止めてほしい。
「大膳課の料理人というのは、常に命懸けで調理しているので?」
「いや、熱心ではあるがあそこまでとは・・・」
今上陛下の前では猫を被っていたのか、ここまで拘る食材に出会わなかっただけなのか。陛下も半ば呆れた目で料理人さんを見送るのであった。




