第八百六十六話
県道と参道が交わる交差点の中、信号が止まり警察により立ち入りが禁止された場所に巫女さんと禰宜さんの集団が待っていた。
彼らは俺が車から降りると同時に平伏した。事前の打ち合わせで分かってはいたけど、実際に目の前でされると気不味くなってしまう。
「出迎え大義である。素戔嗚尊様もそなたらの忠勤には満足されておられるじゃろう」
俺の言葉を受けた神職の皆は立ち上がり、左右に分かれて道を開けた。俺と宮司殿はそこを通り石畳の参道に入る。
出迎えた神職の方々はその後に続き、巫女さんは手にした神楽鈴を鳴らす。最後尾の禰宜さんが別の車に積んでいたお重とお酒を受け取っていたが、重いけど大丈夫かな?
参道と並走する道を陸軍の車両がこちらの歩調に合わせて進む。護衛としては俺達を取り囲んで護りたいのだろうけど、それでは観衆の目を防ぐ事になってしまう。
この参拝は国威発揚の意味もあるので、参拝に向かう姿を臣民に見せつけなければならない。なので車両で並走し、有事の際にはすぐに囲んで守れる態勢を整えたのだ。
満開の桜の花が咲く参道を、神楽鈴を鳴らし進む神職と共に歩く狐巫女。それを見た臣民が受け取る印象は決して悪くないだろう。
三の鳥居を潜り神社の敷地に入る。神池にかかる橋を渡り檣門を抜けた。手水舎をスルーしてしまったが、今回は普通の参拝ではないので手を清める手順は行わない。
多くの人が詰めかけている中、確保された道を通り舞殿の脇を通って拝殿へ。ここから先は一般人の立ち入りは禁止されていて、それはマスコミであろうとも例外ではない。
だが、行事の記録と臣民への広報を兼ねて一社だけカメラを持ち込み撮影する事が許された。普通なら公共放送が選ばれる所だが、許可を受けたのは在京キー局の中の一局だった。
撮影を許されなかった各局は視聴率を稼げる絶好の機会を逃し、血の涙を流して悔しがったそうだ。まあ、これまでの自分達の行いが悪かったのだと諦めてほしい。
尚、選ばれしテレビ局は生中継も特番も放送せず、定時のニュースにて様子を流すに留めるそうな。どこまでも自分達のペースを守るあの局らしくて安心してしまうな。
本殿の中、御神体の正面に正座し待機する。禰宜さんが供物のお重とお酒を横に置いてくれた。このお重は今上陛下のお食事を担当している調理人が丹精込めて調理したお弁当である。
この参拝が公表された時、素戔嗚尊様にと日本各地から供え物が届いたそうだ。しかし、神界に持ち込めるのは俺が両手で持っていける程度の分量のみなのだ。
大きな風呂敷にでも包んで背負えばもう少し多くの供物を持ち込めるかもしれないけど、ちょっと想像してみてほしい。
狐耳と五本の尻尾を生やした巫女が唐草模様の大きな風呂敷包を背負って神社に参拝している。そんな姿を見て神性を感じるだろうか。
これがプライベートな参拝なら良いのだが、公式な行事であり帝国臣民の注目を集めているのだ。何万という人達にそんな姿を晒すなんて、遠慮したいと思うのは俺だけではないよね。




