第八百四十話
「大丈夫、人は慣れる生き物だから。実際、私達は慣れてしまったし」
「そ、そういうものなのですか・・・」
迎賓館に戻ると、困惑した様子の石川大尉を母さんが諭していた。これはどういう状況なのだろうか。
「あっ、玉藻お姉ちゃんお帰りなさい」
「先程朕とアーシャが先日の礼をしたのだが、石川大尉が恐縮してしまってな」
ニックの説明を聞いて納得した。一般人である石川大尉がいきなりロシア帝国皇帝陛下と皇女殿下に謁見した挙句、両者からお礼を言われたらこうなるのが当たり前だろう。
「最近、皇帝陛下やら皇女殿下やら今上陛下と接してるからなぁ」
「息子が神の使いという時点で・・・」
遠い目で呟く父さんと母さん。後はローマ法王と英国女王陛下にお会いしたら世界の貴人最高位をコンプリートできるな。
「それはそれとして、父さんには石川大尉を診察してほしいのじゃ。恐らく無理矢理クジラを召喚した後遺症が残っておる」
「そうだった。石川大尉、手に触らせてくれ」
父さんが石川大尉の右手を握り目を閉じた。暫し集中した後目を開けて手を離す。
「魂が少し傷ついているようだ。それ以外は持病も傷も無い」
「やはりのぅ・・・迷い家での不調は恐らくそれが原因じゃな。石川大尉よ、念の為完治するまでスキルは使わぬようにな」
「了解であります。ですが神使様、魂の傷を自覚出来ないので完治したかが分かりません」
俺が知る限り、魂の損傷を検知出来るのは父さんのみだ。ならば石川大尉には父さんの診察を定期的に受けてもらうのが一番良い。
「関中佐、石川大尉も迎賓館に匿う事は可能じゃろうか」
「滝本医師の診察を受けられてマスコミからも守れます。一石二鳥の良策かと」
内閣府とて、あの事件を最小の被害で早期解決に導いた石川大尉に便宜を図る事に反対はしないだろう。
「最悪、うちは迷い家に入って石川大尉にここを使ってもらえば良い」
「そ、そんな畏れ多い事は出来ません。適当にホテルにでも泊まります!」
石川大尉の宿泊が認められなかった場合の対応策を父さんが提案すると、石川大尉が慌ててそれを拒否した。
「大尉、あの報道陣や野次馬を越えて外に出られるのかえ?」
「えっ?うわぁ、何ですかあれ・・・」
迎賓館の周囲には、石川大尉を追ってきたマスコミと俺を追ってきたマスコミが集結して報道合戦を繰り広げている。
石川大尉も傍からそれを見た事はあったかもしれない。しかし、自身が追われる身になった状態でそれを見るのは恐怖の度合いが違うだろう。
「大尉、ここに泊まる許可が下りた。暫くここに泊まりなさい」
「承知しました」
関係各所に連絡し手筈を整えていた関中佐が指示を出すと、石川大尉は素直にそれに従った。大尉があれを突破しようとしても、捕まって延々と質問攻めを受ける事になるのは目に見えている。
「今、論功行賞の手筈と日程を詰めている。最短でもそれが終わるまでここに缶詰めだな」
こうして迎賓館に新たなる住人が増える事になったのであった。




