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クリエイト!(その3)  作者: 大塚
新しい始まり
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横顔を見て

 次の日、手の痛みは少し和らいだが、依然として動かすことは禁止された。特にペンを持ったりするような細かい動きはダメだと、保健室の先生に言われた。体育を見学したり、授業中にノートを取れないことを説明するための診断書を書いてくれた。

 勝浦は「中二病か?」と巧の手を見るなり言った。

 「転んじゃって…」

 と嘘の説明をしようとしたところ、猫実さんが教室に入ってきて、いきなり「大丈夫ですか」と見舞いの言葉を発した。

 「浅野、どうしたんだ?」

 勝浦の疑問に猫実さんは素直に、

 「肩を…」

 と言いかけて、ちょっと赤くなる。しばらく口に手を当てて考えると、

 「巧さんは、小説を書きすぎて…。」

 と言った。猫実さんはそう言ってから、自分でも無理があると悟ったのか必死に笑いをこらえ始めた。

 「は…マジか?」

 勝浦はむしろ巧ならやりかねないと思ったらしく、目を見開いて巧の手を見た。

 「いや、だって両手だし…。」

 巧が否定しようとすると、

 「浅野、両手で小説書いてるのか?」

 と勝浦がさらに誤解を重ねてきた。

 猫実さんはそれを聞いてついに我慢できなくなって、笑い出した。両手でペンを持ち、手が壊れるまで小説を書き続ける巧を想像したらしい。それが、猫実さんのツボをついたのか、お腹を抱えて笑い転げている。

 「両手で、小説を…書く巧さん…」

 「本当はどうしたんだよ。」

 「あー、えっと猫実さんの肩をもみすぎてしまって…。」

 「はあ?」

 本当のことを言っても、勝浦には理解できなかったらしい。猫実さんは自分が言い出したのに、息も絶え絶えになって、「あーおかしい。」と教卓にしがみついて笑っている。



 授業の合間に、お助けカフェを訪れると昨日カフェに来てくれた、日菊さんがポツンと立っていた。生徒会の腕章をつけて、首から一眼カメラを下げている。

 「こんにちは」

 気まずくならないように、巧が声をかけると、軽くうなずいてまたカフェの様子に目を戻した。カフェでは猫実さんと勝浦が自動販売機で買った飲み物を飲む生徒たちにビラを配ったり、話しかけたりして切り盛りしている。この二人の宣伝は協力で、通りすぎる人たちがみな一度足を止めて話を聞いている。勝浦は、男子たちが集まる机を寄せて作った島に中心になってはしゃいでいる。猫実さんは、円に並べられた椅子に座る女子たちに目線を合わせてしゃがみながら、ビラを配っている。

 巧は生徒たちの会話に入れる気がせず、一方で猫実さんたちのように呼びかける側にも回れず、少し外れたところで様子を見ていた。日菊さんも、間を開けて巧と同じように立っていた。

 「浅野君…だったっけ。」

 沈黙に耐えかねたように、日菊さんが声をかけてきた。巧は、返事をしてさりげなく、一歩近づく。日菊さんは控えめに話すので、声が聞き取りにくかったからだ。

 「……て、…大丈夫?」

 「はい?」

 「……大丈夫ですか?」

 「カフェのことですか? 今は猫実さんとか勝浦が対応しているから僕があまり出番がないんです。昼休みの哲学カフェには参加しようかな…と。」

 「そうじゃなくて、…その手怪我したの?」

 日菊さんが、巧の手を指さした。巧はやっと自分が尋ねられている内容を理解した。てっきりカフェの取材をしているのかと思ったが、全く見当違いだった。聞き逃したことと、余計なことを話した気になって、二重に恥ずかしくなる。

 「これは…あの…ちょっと事情があって…。」

 会話の内容を掴んだところで、うまく話せないのが辛いところだった。

 「小説を書きすぎたんですか。」

 日菊さんは真顔で言う。

 「いや…違います。」

 ふざけているのか、本当にそう思っているのか、見分けがつかなくてうまく突っ込めなかった。

 「どうしてそう思ったんですか。」

 「昨日、カフェで小説を書いてるって言ってたから。」

 「なるほど。」

 巧はなんとなく、自分の言ったことを覚えてもらっていたことが嬉しいと思った。

 「この手は、あの後、猫実さんが疲れていたみたいなので、肩をもんであげたんです、そしたら、つい無理してもみ続けてしまって、痛めました。」

 巧は、思わず、すんなり話してしまっていることに気がついた。日菊さんは、黙って巧の話を聞いていた。その落ち着いた態度が巧の言葉を引き出したのかもしれない。

 「猫実さんって、どんな人ですか。」

 日菊さんは、さっきよりも意識してはっきり声を出した。巧が声を聞き取りづらいことを察したのかもしれない。

 「どんな人…ですか。真面目でまっすぐで、明るくて、頼りになる人、ですかね。」

 巧は自分の主観をなるべく押し殺して言った。

 猫実さんはカフェに座っている人、一人ひとりにビラを配って説明している。遠目からでも、体で思いっきりジェスチャーをして一生懸命話しているのがわかる。そうした姿勢を見るたびに、巧は自分の背筋を、すっと伸ばしたくなる。

 「普通の人って、自分の大切なものとか、好きなものには一生懸命になるけど、他のことは、ちょっと手を抜く、と言うか力を温存したり、関係ないって思ったりすることがあると思うんです。」

 巧は、日菊さんをみた。黙ってコクリとうなずいてくれた。

 巧は安心して、話を続ける。

 「猫実さんにはそれがないんです。どんなことにも全力で、どんな人も放っておけなくて、何を話してもじっと聞いてくれるんです。それが多分、猫実さんの凄いところだと思います。」

 こんなこと、直接いえないだろうな、と巧は思う。言ったところで本人は褒められたとも思わないだろう。猫実さんは意識してそうしているのではなく、本当に心からそうしているのだろう。

 猫実さんが、いろいろな人に話しかけて、談笑しているのを見ると巧は少し心がさびしくなるのを感じた。それでも、今言ったことが、自分が猫実さんの好きなところなのだと、思う。だから、同時に胸が熱くなる。

 「お助け部は、二人だけですか。」

 「はい、そうです。」

 「二人だけだと、大変なこともありませんか。もっと多くの人がいた方がこう言う活動とかもしやすいと思うんですけど。」

 「そうですね…。それは、猫実さんに聞いてみないとわからないです。」

 日菊さんの質問も相まって、巧はいっそう切ない気持ちになった。ずっと自分一人だけが猫実さんの隣に居られるとは限らない、と言われた気がしたからだ。

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