役に立ったってどうしてわかる?
そういえば、この中に小説を書いたことがある人は、猫実さん以外にはいないだろう。巧は書いたことのない人にも説明しなくてはならない。お助け部で二人きりで話しているのとは違う言葉が必要になる。
「小説を書いている時って、結末とかストーリーとかあまり考えないんです。キャラクターがどう動くかの方が大事で。だからうまくかけた時は、自分で書いたのに自分じゃないというか…」
巧はコミュニケーションボールを持ったまま考え込む。昼休みの中ほどの時間。活発な生徒は校庭に出て行き、穏やかな静けさが廊下に漂っている。
巧の次の言葉を、他の人が待っている。巧もまたれているそんなふうに沈黙の間が避けるべきものではなく、強度を持って六人の間に共有されている。
「思いがけないところに、キャラクターが自分を連れていってくれたな、と思うんです。そういうときにああ、書いててよかったなーと思います。」
言い終わって、巧は他の人の言葉を待った。しばらくの沈黙の後、日菊さんが手を挙げた。
「先ほどおっしゃっていたような小説を書いているときの喜びって、誰かにあげられるような喜びじゃないと思うんです。自分しか体験できないというか、他の人が替わることができない喜びなんだと思います。」
きっぱりと言いきって、日菊さんはボールを掲げる。巧は自分の言っていることが伝わったことが嬉しい。なんだか、ほっとする。
「今回のテーマにも少し疑問があります。そもそも人の役に立つとか、人を喜ばせるとかって、可能なんでしょうか。」
「な、なるほど。」
猫実さんは深くうなずく。日菊さんの発言は巧を安心させるにとどまらなかった。
山崎会長と、番さんが同時に手をあげた。いい意味で、刺激を受けたみたいだった。
「あ、じゃあ、山崎先輩から、番さんはその次で。」
猫実さんは手のひらで会長を示す。
「さっき、日菊が言った事はある意味では正しいけど…。例えばもっと直接的に、困っている人を助けるとかの場合は、役に立ってるって言ってもいいんじゃないか。怪我してる子供に手当てをしてあげるとか、電車で席を譲ってあげるとか。」
さっと、また日菊さんが手をあげた。しかし、次は番さんだ。
猫実さんが交通整理をする。
「えーと、先ほど巧さんが言った小説を書く喜びのようなものは自分で体験するしかないと、日菊さんはおっしゃいましたね。」
「はい。」
日菊さんは、うなずく。手は膝の上に戻されている。
「それに対して、山崎先輩は違う種類の喜びは人にしてあげられるということでいいですかね。」
「うーん、まあそういうことだね。」
山崎会長は目を閉じて考えながらうなずいた。
「なるほど、次は番さんにお願いします。日菊さんはその次で。」
ボールが番さんの手に渡る。
「あの、ウチ思ったんだけど、本当に人の役に立ったとか、喜ばせたとか確かめる手段ってあるのかな…。」
番さんはひょろりとした手を、頭のてっぺんにのせた。
「もうちょっと具体的にいうと…、あー、わからん。例えば情けは人のためならずというか、それが本当に人のためになってるかわかんないし、自分が満足しているだけかもしれないじゃん。だから本当のところは聞いてみないとわからんでしょ。おわり。」
番さんはボールをかざして、日菊さんに渡した。
日菊さんは、膝にボールを乗せて軽くうつむいたまま話す。
「それは、正しいですね。私も人の役に立つ事はないと言ったんですけど、その人があなたのおかげで助かったとか、はっきり言ってくれたらそうかもしれない。これは反論というより、補足です。」
「なるほど、なかなか面白いことがわかってきました。」
猫実さんもいつしか弁当を食べ終わって、小さなメモ帳に何かを書き始めた。
「自分が一方的に人を喜ばせるというような単純なものではなさそうですね。自分が喜ばせるつもりでも、お節介になってしまったり。相手を確かめながらやって初めて人の役に立てると、言えそうですね。」




