10分間の交渉術
巧は夜桜先輩を見て、今はどんな小説を書いているのだろうか、と思う。自分の小説を読んでもらったり、アドバイスをもらったりすることはあるが、先輩の小説を読んだことはない。
猫実さんの話を聞くと、中学生の頃から書いていたそうだ。しかし、何となく巧の方から見せてほしいと言い出せない。
「巧も、久しぶりだね。」
夜桜先輩は軽く口角を上げてほほえんだ。それだけで様になっている。
「お久しぶりです。」
巧もつい行儀よくお辞儀をする。
「あの、お助けカフェというのを今やってて。」
「うん、金子先生から聞いた。」
夜桜先輩はもう知っていたらしい。
「今日もやるんできてくれますか。」
巧は嬉しくなって聞くと、
「嫌だ。」
と即答された。
「人混みが苦手だから。」
「それなら仕方ありませんね。」
と猫実さんが同情する。
巧は出鼻をくじかれて、精神が折れそうになる。必死に表情に出ないように落ち込む。知ってて来ないんだから、そうだよな、と今更納得する。
「落ち込むな、少年。」
先輩は巧の内心を察するように肩に軽く手をのせた。猫実さんの手とは違う感触だ。骨張っていて細い、くすぐったい感触だ。
「手伝うことはできる。」
「え。」
先輩の顔を見ると、真面目にそしてどこか悠々として笑っていた。
「使えそうな奴がいるから紹介するよ。」
「ありがとうございます。」
猫実さんは、無邪気にそう言う。先輩は早速教室に戻って、誰かを呼びに行った。
「こんにちは、山崎兼信です。手伝うことがあるんだって?」
先輩が「使えそうな奴」として、紹介してくれたのは生徒会長だった。
「あ、会長お久しぶりです。」
猫実さんは面識があるらしく、ペコリとお辞儀をする。巧も前に生徒会の手伝いをしに行ったときに少し話した。
「あの、今、お助けカフェというのをやってまして。」
猫実さんが両手で、会長にチラシを差し出す。
「生徒の交流スペースを作ったんだって。」
夜桜先輩が、ぽんと横から会長の肩に手を乗せる。背の高い夜桜先輩なら誰にでも載せ放題だろう。しかし、会長に対しては妙な圧力がある。巧は、お助け部の愛ゆえだと解釈することにした。夜桜先輩が会長の弱みを握っているとかではないだろう。…多分。
「いいね。すごくいいよ。」
会長は、しばらくチラシを見てうなずいた。読んでいる間、三人でじっと会長を見ていたのだか気にしていないのか、けろりとしている。その笑顔は爽やかだった。
「お助け部には、何度か手伝ってもらったし、今度は生徒会の方から力になるよ。」
「ありがとうございますっ。」
猫実さんはうれしそうにぴょんと跳ねた。
「生徒会の広報のネタになるね。」
夜桜先輩は抜け目なく、交渉を続ける。
「そうだね、相談してみるよ。」
山崎会長はすんなりうなずく。
巧は夜桜先輩の手際の良さに舌を巻く。十分間で、生徒会を見方につけてしまった。




