夜に書く
家についてからも、小説を書いている時も、猫実さんの言動が、自分の中にあるのかもしれない。どこに向かうか分からない物語のストーリーを考えるとき、最終的に進む力になるのは、その時自分の目の前にあるものだけだった。意識しなくても、自然と手にとってしまうような言葉だった。
いつの間にか、夜に毎日書くのが習慣になった。必ず書かねばならないという気持ちになる。小説のストーリーが、今の自分の気持ちとずれている時もある。悲しいときに楽しいシーンを書かなくてはいけない時もある。
時間がいつまでもあるのなら、書きたくなるまで待ってみたい気もする。しかし、そうするわけにもいかない。書きたいから書くのでは、どうしてもうまくいかない気がする。最初に完成した小説も、勢いのまま書いて、気がつけば終わっていた。書いているうちに止められなくなってしまった。
「かわいそうなんです。」
猫実さんが、物語の続きを書けないことをこう表現した。自分が書かなければ、物語も登場人物もなかったことになってしまう。
そこまで、具体的な思い入れがあるわけではない。しかし、書くことでしか得られない特別な何かがあるのではないか。その何かは、自分の都合や力ではコントロールできない。書きたいという意志にも関係がない。そして、今書かなければもう二度と書くことができないものだ。
それは、何も言わずに意識のどこかでじっと自分を見つめている。
それは気まぐれに、書かれないうちに去ってどこかに行ってしまう。その気配を嗅ぎ取って、もがくように言葉を連ねる。どれだけ言葉を知っていても、それを指し示す言葉がない。
言葉にすることができないものがある。それは書くほどに見えてきたものだった。今日起きた出来事も、猫実さんの笑顔も、それを全て言い尽くすことができない。言い尽くそうとした途端に、別のものになってしまう。
言葉にされていないものがある。それは言葉を待っているのか。言葉を拒んでいるのか。あるいは、全く新しい言葉なのか。
わからなさを、押し切って書いている。半分、目を背けながら、ひたすらに言葉を並べていく。
「明日のことは何も考えていないんです。」
自分には次にどんな文章が生まれるかもわからない。そのもやもやしたものを、もやもやしたまま紙に押し付けたような文章が残る。
猫実さんは不安だから、書けないのだろうか。しかし、自分は不安だから書いているだけなのだ。
巧は弱い自分を発見する。
誰に言われたわけでもなく、書いてしまうのは、書くことの他に、何も方法が見つからないからだ。
立っている場所は、猫実さんと同じかも知れない。むしろじっとわからなさを見つめている猫実さんの方がいくらか大人のように思えた。本当は誰よりも書きたいはずなのだ。自分なんかに頼まなくても、書くことぐらいなら、猫実さんにもできるはずなのだ。




