猫実さんの弁明
「君たちがお助け部だね。二人だけ?」
理科の担当の藤木先生が口火を切った。
「はい。二人だけです。」
猫実さんは、膝に手を置いたまま、答えた。
巧は隣で、猫実さんの呼吸をうかがう。自分も何か言うべきだろうか。そう考える余裕がある。ずっと立ったまま、質問攻めにされるのかと、思ったが大きな会議ようの机に座らせられた。立っているよりも落ち着くが、緊張はどうしたって解けない。
「名前は。」
藤木先生は紙にペンを構える。
「猫実未来です。」
「浅野巧です。」
どうやら、藤木先生が進行役のようだ。金子先生よりもずっと歳が高いベテランのおじさん先生だ。学年主任もやっていて、貫禄がある。
「えーと、お助けカフェだっけ。」
藤木先生の手元には巧が書いた企画書がある。他の先生方にも配られている。
「はい。」
巧は返事をする。
「君たちの目的は何かね。」
「目的…。」
巧は言葉に詰まっていると、さらにたたみかけられた。
「いや、なぜこれを聞くのかと言うと、学校はなんでもやっていい場所ではないからね。何かをしたいと言う時には、校則とか学校の方針に照らし合わせて、良いか悪いかを決めないといけないから。」
「はい。」
巧も猫実さんと一緒にうなずく。藤木先生の言葉は、もっともだった。もっともな言葉が持つ、容赦のなさもそこにあった。直感的に、自分が今まで説明してきたやり方では通じないとわかった。勝浦を動かしたような感情的なやり方ではだめだ。しかし巧は、自分の言葉が信じられなかった。
「私たちがしたいことは、」
猫実さんが口を開いた。
「困っている人を助けることです。」
猫実さんは、考えるまでもないことのように言った。
「今まで、お助け部の部室で、相談やお手伝いの依頼の募集をしていたんですが、なかなか人が来ませんでした。そこで、本当に人の役に立っているのかと、考え直した結果、今回のようなイベントを企画しました。」
「昼休みに、人を集めて騒ぐ、というのは人を助けると言えるのかね。」
奥の方に座っていた先生が口を挟んだ。巧は、喉を突かれたような感じがした。誰かの非難を真っ向から受ける鮮烈な痛みだった。とっさに、クラスのみんなを考えなしに誘ったことを後悔した。
「違うと思います、でも。」
猫実さんもうまく言葉が見つからない。
「人を集めるという性質上仕方がないんじゃないですかね。」
金子先生が隣から助け舟を出す。わざと巧達にも見えるような
仕草で、企画書の一部を指す。
「場を作る、ということが彼らのしたかったことだそうですし。」
さっき反論した先生は、口をつぐんで企画書を不満げにめくる。金子先生は白々しく、「そうでしょ」と巧の顔を見る。
「はい、そうです。場を作りたいんです。」
巧は声を震わせながら、発言の糸口を必死につかむ。何でもいいから、話すしかない。
「クラスでなじめない人の居場所になったり、他のクラスや学年の生徒との交流になったらいいな、というのがお助けカフェの目的です。」
「それと、困っている人を助けるというのはどうつながるのかね。」
藤木先生は、不可解そうに首を傾げた。巧は伝わらない事に意外な感じがした。猫実さんと計画していた時は、ずっと人のためになると思ってやっていたからだ。
今更、根底の部分が理解されていない事に気がついた。
「関係あります。」
猫実さんは、即座に返答した。会議室の目が、一斉に彼女に向く。
「困っている人は、自分から困っているなんて言いません。」
そうだな、と隣で聞いている巧は思った。先生達も、それに関しては何も反論できなかった。どうして、猫実さんは、そんなにぶれないのか、と巧は不思議に思ってしまった。どうして、人助けの話しかしていないのに、周りを説得できるのか。その言葉の力は、小説を書いている巧にとって、解き明かしたい謎だった。
「だから私たちの方から、前に出て行かないといけないんです。ここにあなたの味方がいますよ、と手を差し伸べなくてはいけないんです。」
会議室は静かなままだった。
猫実さんは、これ以上何も言わなかった。じっと、動かないっま前を向いていた。
「そもそも、昼休みには部活動は禁止じゃないですか。」
「いや、これはボランティアなのでは。」
「そうですね、部員以外も参加してますし。」
やっと出てきた反論も、他の先生達が打ち消した。
「うまくいけばとてもいい、取り組みだと思います。」
と言ってくれる先生もいた。
「どうですか、藤木先生。」
有利な状況を確認したのか、金子先生が終わらせに入る。白々しい演技が上手くて感心してしまう。
「うーん、わかりました。」
藤木先生は、ざわめきを遮って言った。
「もう一度、先生と議論をします。今日はこれまで。」
すると、金子先生に目をやった。先生は立ち上がって、巧達に立つように促した。
やっと解放された、と巧は安堵とともに頭を下げる。
「ありがとうございました。」
猫実さんもそれに続いて、会議室を出る。
「あとは、たぶん大丈夫だと思う。なんかあったら明日言うよ。」
「ありがとうございます。」
金子先生に、巧は改めて礼を言った。
「いやいや。」
先生はそっぽを向いて手を振る。
「先生のおかげです。」
猫実さんも言うと、
「いやいや。」
とまた手を振る。
「君たちがやったことだよ。」
何かを託すように、巧と猫実さんの肩を一つづつたたくと、またすぐに職員室に戻って行った。
残された二人は、顔を見合わせてほほえむ。まだ、結論は出ていないので、喜んでいいのかわからない。
猫実さんは、さっきのことは忘れたかのように見えない何かを見つめるように考えている。
「どうしたんですか。」
「いや…明日もカフェやっていいのかなぁって。」
猫実さんは、自分でもおかしいと言う風に笑った。
どうやら、お助け部のことしか考えていないようだ。小説のことしか考えてないと言われる巧の方は、妙な親近感を覚えた。




