職員会議
「どうしましょう。うまくいくでしょうか。」
猫実さんは、不安そうに、口元に手を当てた。
「大丈夫でしょう。たくさんの人が来てくれたんだし。」
と言った瞬間、巧も何を根拠に考えているのかよくわからなくなった。
「そうですけど…。あの盛り上がり方はちょっと。」
巧は昼休みの時の興奮がいまだに手に残っている。思い出すと軽く手が震えてくる。そのせいか、感覚が麻痺して、冷静に考えられない。
放課後の職員室前は昼休みのにぎやかさを忘れてしまったように、静まり返っている。巧たちが用意したお助けカフェの机だけが置いてある。
お祭り騒ぎ。そういうと大袈裟だが、それに似たようなものだった。あれから、巧と勝浦がクラスで話すと、クラスの中はまるで、事件でも起こったかのようにどよめいた。そのどよめきを、一つの方向に決定づけたのは、お調子者の男子だった。
「めっちゃ楽しそうじゃん。」
それがきっかけに、一人が二人になり、二人が三人になった。ついには、委員長が「浅野くんに協力してあげよう。」とチラシを配るのを手伝ってくれた。
その様子を、巧は夢でもみるように眺めていた。
それから起こったことも、全て夢のようだった。全て、巧の予想を外れたことだったが、夢なら仕方がないか、という気分で巧は圧倒されながらそれを見ていた。
休み時間お助けカフェから人がいなくなることはなかった。男子はコーラの缶を積み上げ、女子は円になって、にぎやかに話した。
猫実さんいわく、「そんなつもりじゃなかった。」らしく、猫実さんが、一人一人丁寧に誘っていた友達は、廊下の端でじっと非日常な光景を眺めていた。巧も騒がしい男子たちについていけず、彼らと一緒にただ見ていた。巧のクラスだけが、特別だったようだ。
しかし、昼休みの哲学カフェは驚くほど真剣な議論が展開された。もちろん、中心となったのは巧のクラスのメンバーだったが、いつもは目立たない生徒が、見違えるような存在感を放っていた。
六人分用意した椅子では足りず、床に座って参加する人もいた。こんな大人数で議論ができるのか心配になった。しかし、猫実さんがルールをみんなに語って聞かせると、対話はゆっくりと回り出した。コミュニケーションボールをはじめに渡された人はしばらく考え込んで、
「友達ってなんだろうって思っています。」
と言った。内気でなかなか人と話せないような男子生徒だった。その問いから始まって、それぞれの生徒が自分なりの友情について意見を言った。
「一緒にいて楽しいなら友達じゃない。」
「長くいると友達かな。でも、私、妹とあんまり仲良くないな。でも、家族と友達は違うかな。」
人の手から手にボールは渡っていく。不思議な間だった。言葉と言葉の間にちゃんと人が考えていることがわかる。沈黙も、苦痛にならなかった。むしろ、その沈黙が巧にとってワクワクする時間だった。次に出てくる言葉を探している時間。
こんなにもたくさんの人が、じっと向き合って同じことを考える時間があるのだな、と巧は感心した。
成功か失敗か、といわれれば成功なのだろう。しかし結果が予想外で、今でも結論がついていない。
「これからなんて先生に説明しようか。」
巧が猫実さんに言いかけとき、職員室のドアが開いた。金子先生が、「お助けカフェ」の企画書を持って立っていた。
「よし、じゃあそろそろ始まるから、おいで。」
巧たちは顔を見合わせて、先生についていく。職員室のデスクを見ると、一年生の担任の先生は一人も座っていなかった。
生徒なら普通は入ることができないほど奥まで、金子先生は進んでいく。意外な事に、大きな会議室が奥にあって、そこに一年生の先生たちが、全員集合していた。
巧は急に冷や汗が、にじみ出てくるのを感じた。猫実さんもいつの間にか、真剣な空気の圧に呼応するように、張り詰めた気を発していた。




