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クリエイト!(その3)  作者: 大塚
新しい始まり
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配れないんか

 巧は教室を見回して、他の生徒を探す。次は窓際で一人本を読んでいる女子が目に入った。眼鏡をかけて、分厚い本を開いている。巧は、そっと近づいて、声をかけてみた。

 「おはよう。」

 彼女は、本から目をあげて口を動かした。

 「…は…う。」

 彼女の声を聞いて、巧は胸が痛くなった。小さくて聞き取れないと、わかってしまった。このままだと話せない。しかし、自分から声をかけてしまった以上、引き返すことはできない。

 「今日、こういうイベントがあるのだけど。」

 とりあえず、チラシを出して言いたいことを言ってしまおうと思った。

 「お助けカフェって言って、生徒が交流したり、昼休みは哲学カフェをしたりします。」

 巧は一息にいうと、彼女の様子をうかがった。表情を動かさないまま、じっとチラシを見ている。

 「…しょは…てるんですか。」

 「はい?」

 「……でてるんですか。」

 言い直されても、よく聞こえなかった。何かを聞かれているのはわかる。巧は、手当たり次第、説明しようとする。彼女に渡したチラシを手で指し示した。

 「カフェは、交流コーナーと、対話コーナーがあって、交流コーナーは、自動販売機で買った飲み物を持って立ち話ができたり、昼休みにゆっくり座って話し合ったりするのに使えます。あの、職員室の前の机とか、椅子が置いてある場所です。」

 何度も、つっかえそうになりながら言葉を続ける。彼女は、チラシに目を落として何も言わなくなってしまった。巧も、その場に立ち尽くして何も言えなくなってしまった。その沈黙が長引くほどに、巧の中の自信が急速にしぼんでいった。

 「よかったら来てください。」

 そう言って、彼女の席を離れた。どっと疲れが襲ってきた。チラシを持ったまま、自分の席にへたり込んだ。途端に、いい加減なうけごたえをしてしまった自分が情けなくなった。机に置いたままの、チラシの文字を読むのでもなくただ眺めた。

 時間が過ぎていく。だんだん教室も生徒たちで、埋まってきた。静かだった個人の時間が、声の大きい笑い声と、人々の視線で、集団の時間へと切りわかってゆく。その境目が、いつの間にか通り過ぎた時、巧はなぜか動けなくなってしまった。

 まだ二枚しか減っていない束が、目の前に積み重なっている。巧はじっとそれをみていた。さっきした会話を振り返って、後悔した。猫実さんに上手くいかなかったことをどう説明しようか、とぐるぐる考えていた。


 「浅野」

 そんな、巧の席の前に勝浦が立っていた。彼の声に耳を傾けた瞬間、にぎやかな教室の雑音がもう一度、意識にのぽって来た。かなり長いあいだ何もせずにいたのだと、気づく。

 「今日カフェやるんだろ。」

 「うん。」

 呆然としたまま、勝浦の顔をみる。目つき鋭く巧を見ている。体が冷えているのか、本当に腹に鈍い痛みがはしる。

 「何か手伝うことないのか。」

 勝浦は巧の机に手をついて、身を乗り出した。

 「手伝うこと…。」

 巧は、束になったままのチラシを見た。

 「これをみんなに配りたかったんだけど…。」

 巧は、一枚勝浦にチラシを渡した。勝浦はちょっと手にとってすぐさま巧を見た。

 「配れないんか。」

 「…」

 「みんなに声かけられないんか。」

 じっと、目をのぞき込まれて、巧はうなずく。うなずいたまま、うつむいて、また何も言えなくなる。

 「はあー。仕方ないな。」

 勝浦は、ため息をついて巧の席から手を離した。巧の目の前から気配が消えた。その途端に、悔しさが胸にじわりと広がってくる。今回はなぜか、猫実さんのことを思い出して、一層悲しい気分になった。

 見捨てられてしまった。後は授業が始まるのを待つだけだ。時計を見ようとした。その時、教壇の真ん中に勝浦が仁王立ちしているのが目に入った。彼の目は、教室全体を見渡して見開かれていた。小さな体は、大半が教卓の裏に隠れていたが、それでもなお存在感を、ありありと放っていた。

 そして、大きく息を吸って、勝浦は叫んだ。


 「ちゅうもおおおおおくっ!」


 朝の喧騒の中、彼の雄叫びが轟いた。教室が静まり返った。

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