訪問
電車に乗って、猫実さんの最寄り駅まで行く。電車の中で猫実さんはただ、窓の外をみていた。午後の太陽が空を明るく照らしている。普段なら眠くなる時間だが、電車が一駅進んでいくたびに、胸がぎゅっと緊張する。どうすれば良いのかわからない。自分が嬉しいのか、それとも恥ずかしいのか。
電車から降りると、懐かしい風景が広がっていた。夏休みに花火を見に行ったのも、猫実さんの地元だ。同じ電車の沿線とはいえ、巧の住んでいる町とは雰囲気が違う。海の近くの、開放的な町だ。
しばらく歩くと、高いマンションが立ち並ぶ通りに入った。猫実さんは、何も言わなかったが、それだけでマンションに住んでいたのだとわかった。逆にいえば、巧は今まで猫実さんがどんなふうに暮らしているのか、家で何をしているのか、何も具体的なことを知らなかったのである。
自動ドアのセキュリティーゲートを通る。クーラーの冷たい風が心地よく吹いている。ホテルのようなロビーに、どこからか優雅な音楽が聞こえる。一軒家に住んでいる巧は、慣れない空間に縮こまる。
「きれいですね。」
「そうですよね。」
猫実さんもなぜかうなずく。その口調は、自分が住んでいるマンションなのに、よそよそしかった。住んでいる場所に対する感覚も違うのだと、軽くカルチャーショックを受けた。カウンターの女性に軽く挨拶をして、さらに奥に行く。エレベーターホールがあり、猫実さんはボタンを押す。時間が経てば経つほど場違いな感じがする。
そうしているうちに、エレベーターのドアが開き、乗り込むと部屋のドアの前に立っていた。猫実さんはバッグから鍵を取り出す。インターホンを押して待つ暇もない。
気がつけば、上品な掛け軸がかかった玄関に上がり込んでいた。
「おじゃまします。」
巧がいうと、猫実さんのお母さんらしき女性が、出迎えてくれた。細いけれども、心がしっかりしていそうなお母さんだった。
「あら、いらっしゃい。あなたが例の巧さんの。」
「え、ええ、浅野巧です。いつもお世話になっています。」
例のと言われて、巧は複雑な気分になる。猫実さんは自分のことをどのように話しているのだろう。
「一度会ってみたかったのよ。この子の相方と聞いて、どんな人かしらと思ってね。」
猫実さんのお母さんは、顔をほころばせた。笑ったときにふわりと包み込む感じが、とても似ている。と巧は思った。




