日曜日のショッピングモール
「せっかくの日曜日なのにすみませんね。」
会うなり、猫実さんは頭を下げた。半袖の白いシャツと、ゆったりしたグレーのズボンを着ていた。制服姿よりも、断然大人っぽく見えて、驚いた。しかし、むしろこれが本来の猫実さんなのだと巧は思う。意志の強い目と、すらりとした背筋が、シンプルな服によく似合う。
巧はわざわざ謝る猫実さんに、
「大丈夫です。」
とすぐ断る。
「それに…。」
うっかり口が滑ってしまった。途端に、猫実さんが巧の言葉に反応する。駅の雑音が消える。
「会えて、うれしいです。」
本当にうれしいから、つい、言いたくなってしまったのだと思う。猫実さんは「私もです。」と胸に手をあててさらりと返した。巧は緊張した息がふっとゆるむような気がした。するとほおが少し熱くなってくる。今日もたぶん、こんなゆるんだ気持ちで、猫実さんに引っ張られながら過ごすのだろうな、と思う。
天気は晴れていた。哲学カフェ、というワークショップのルールをもとにして、やってみることに決めた。実践はまだだが、迷いはなくなった。明日の本番に向けて、道具を準備する。
「毛糸は必要だな、あとはボール? ボールに貼り付ける?」
「これけっこう、毛の量がありますね。」
猫実さんが昨日くれたメールに添付されていた写真を見る。バレーボール並みの大きさの、けむくじゃらのボールが写っている。二人で小さな画面に顔を寄せ合う。
「これ、かわいいですよね。」
コミュニケーションボールというそうだ。哲学カフェでは、人は一人づつ発言する。その発言権を示すために、ボールを持つ。ボールを持った人しか話すことができないというわけだ。発現し終わったら、次に話したい人にボールを渡す。直接渡してもいいし、軽くトスしてもいい。
鮮やかな、毛糸にボールは覆われている。
「何色にします?」
「手芸屋さんに行ってから、決めません?」
「そうですね。」
巧は携帯をしまう。猫実さんはちょっと考え込んでいる。
「この、毛の中身は何なんだろうな…。」
「百円ショップのボールにテープで毛糸を貼ります?」
「うーん。投げてもはがれないかな。表面ビニールだし。まあ、歩きましょう。」
猫実さんは、手を軽くあわせてうなずいた。
駅に接続したショッピングモールに二人は入っていった。休日ということもあり、人がたくさん歩いて賑わっていた。人の声や、音楽が重なり合って、モールの中に響いていた。それに包まれているうちに、巧は気持ちが高揚してくるのを感じた。
「猫実さんの好きな色って何ですか?」
モールを歩きながら、巧はやっと話しはじめる。
「うーん。青です。」
猫実さんは言った。巧はふと、猫実さんが空を見上げることが好きなのを思い出した。
「巧さんは?」
自分から質問したのに、何も思い浮かばない。しばらく考えて、ようやく手芸屋の前で、
「白です。」
と答えた。
「どうして。」
「紙の色。小説を書く前の。」
言った途端、かけなくて困っている猫実さんに悪いか、と思った。猫実さんはただ、ほほえんで、
「巧さんは、本当に描くのが好きなんですね。」
と言った。
巧はうなずく。
「今日のことも書くんですか。」
「もちろんです。」
と返すと、猫実さんは声を上げて笑った。巧もつられて笑う。
「書いたら見せてくださいよ。」
猫実さんは、ちょっと試すように巧の目を見た。巧は、見せるとしたらどんな時だろうか、と思う。自分の猫実さんへの気持ちをちゃんと伝えられるとしたらいつだろう、と思う。自分でも、猫実さんと、これからどうありたいのか、そしてどうなっていくのかよくわかっていないのだ。
でも、確かに言えるのは、思いを伝えることができたら、それはとてもうれしいことだろう、ということだ。




