説得
「ただ、そこに座っている。それだけでいいんです。」
巧は猫実さんの前に束ねられている紙から自分が書いた企画書を取り出して、目の前の二人に見せた。白いコピー紙に、読めるギリギリの乱雑さで文章がびっしりと書かれている。書き上げてから十五分も経っていない。時間がなかったので、二人の間ではっきりと意見の共有もできていない。わからないまま、カフェをやるという勢いだけで、気がつけばここにいる。
小説を書いているみたいだ。と巧は思う。行き先もわからないまま、書き始めて、文体とキャラクターの感情だけで突き進む。どう書いていいのか、今も手探りだ。ただ毎日、言葉を積み重ねていくことしかできない。
今までのことだってたぶんそうだ。お助け部に入ったのも、猫実さんと一緒に過ごした時間も。未来も目的もわからない巧にとって、ただ放課後猫実さんに会いにいくだけが、未来を照らす光だった。たった一日分だけを照らす光だった。そして、それは今日までずっと揺らめきながらも心の奥に灯っている。今日も、灯っている。
「僕が、それで救われたからです。」
巧がそういうと、文学部がしーんと水を打ったように静かになった。人が耳を傾けるときに訪れる静寂。巧はそれを壊さないように、そっと言葉を選ぶ。
「僕は難聴で、人と話すのが苦手です。友達もあまりいないし、居場所がないとずっと思っていました。でも、お助け部に通い始めてから、なんだか自分の居場所ができたような気がして。二人で猫実さんと座っているだけなんですけど。それがただ、嬉しくて。」
巧は何度も、言った事のあるようなことだ。と思った。自分が言いたいこと、といえばそれぐらいしかないんじゃないかと思う。たぶんそれが、自分の中で揺らぎようのない事実なのだ。
「だから、居るだけでいいんです。それだけで救われる人もきっといるから。それだけで助けられる人を助けたいからです。」
巧は、言い終わって、頭を下げた。まとまった話ができた気がしない。言い残したものが喉まででかかったまま、村田先輩と勝浦の顔をうかがった。
「おねがいします。」
猫実さんも隣で頭を下げた。
「わかった。」
勝浦が、そういった。村田先輩も、リッカーもあっけにとられている中、彼だけが反応をはっきり示した。
「文学部は、お助けカフェに協力する。そうでなくてもこのオレが協力する。」
「ほんとですか。」
猫実さんがパッと顔を輝かせて笑った。
勝浦はうなずく。すると、猫実さんは本人の前だというのに、巧の腕をつかんで「やった、やった」と体を揺すって喜んだ。
巧はいまだに、何が起こったのかもわからずにぽかんとしたまま座っていた。




