挨拶回り
放課後、すぐに猫実さんが巧の教室にやってきた。
「これ、コピーもらっていいですか。」
金子先生に書類を手渡す。無事に書き終えたみたいだ。巧も、先生に企画書を提出する。
職員室まで行って、金子先生に写しをもらう。
「じゃあ、あとは頑張れ。」
ドアが閉まる音を聞いて、すぐに頭をあげた。隣にいる猫実さんと向き合う。猫実さんは大きくほおをふくらませて息を吐くと、コクリとうなずいた。これでまだ仕事は終わりではない。むしろここからが本番だ。
「新部室棟ってどんなところですか。」
猫実さんは、目をキラキラさせて新しい建物の中をスキップする。巧は今更ながら、疲れが押し寄せてきて元気ではない。
「ここが文学部ですね。」
あるどあの前で、猫実さんが立ち止まった。
巧たちは、今文化系の部活を中心に、カフェ参加の呼びかけを行なっている。月曜日に、お助けカフェをやることを知らせ、あわよくば客として協力してもらう。放送という手段が使えない今、地道に一つ一つ当たっていくしかない。
巧は、一番したくなかった、いろいろな人に会う、ということを勢いのままにすることになってしまった。
猫実さんが文学部のドアをノックして、待つ。しばらくして、リッカーが不思議そうにドアからのぞく。巧は何を言えばいいのかわからなくて、顔が熱くなる。猫実さんは「こんにちは、お助け部のものですが。」とやや遠慮がちに切り出す。さすがに、いつものようにズバズバとは行かないみたいだ。
「なんです?」
くりっとした目で、リッカーは二人を見る。
「実はこういうことをしようとしてまして。」
猫実さんが、さっき必死で完成させた企画書を差し出す。
「ここで、立ち話もなんですから、中で少しお話しできませんか。」
「あ…。」
判断しかねると、リッカーは部屋の中をもう一度見た。
「何だ。」
半開きのドアから、勝浦も顔を出した。リッカーの頭の上に、勝浦の顔が乗っかる。
「どうした浅野。」
何とか通してもらった文学部の机に、二人並んで座る。そんなに広くない部室は一気に満員になった。勝浦と村田先輩が巧とねこざねさんの正面に座る。リッカーは立って、その様子を壁にもたれながら見ている。部屋のもう片方の壁には、もう一人男子生徒がいた。机を壁に向けて、何かを書いている。前髪でよく顔が見えない。巧たちが入ったとたん、嫌だったのか、バッグから携帯を出してイヤホンで耳を塞いでしまった。
「お助けカフェね。で、何でうちなの。」
村田先輩の率直な問いに巧はうまく答えられない。
「とにかく、声をかけられる人に声をかけるつもりでする。」
猫実さんは、必死さを誤魔化さなかった。
「月曜日の昼休みに、カフェに参加していただけないでしょうか。」
「カフェって何するの。」
リッカーが、頭を下げた猫実さんとは対極的に、軽く質問する。重々しい雰囲気に、ぷすりと穴を開けて空気を抜くかのようだった。
「あの、ただ集まって、話し合うんです。最近気になったこととか、悩み事とか。自分の好きな事とか。」
「それだけ?」
「それだけです。」
巧が答える。猫実さんが、巧の方を見たのを感じた。




