なんで私の中に
巧は、猫実さんにどんな小説を書きたいのか、聞いてみた。猫実さんの机には、手縫いの「お助けぴょん吉」の白いぬいぐるみが置かれていた。カフェの話をそっちのけで聞いてしまうことに抵抗があったが、今自分が考えたいことは、猫実さんのことだった。
猫実さんは、お助け部においてあるカラーボックスから、ノートを一冊取り出した。アイデア帳である。巧はそれを見て、猫実さんの考え方の緻密さに改めて驚く。
「最近、考えているのは、前にも見せたんですけど、大きな鳥居がある世界のお話です。」
ノートに設定画が描かれている。海に両手を伸ばすように伸びた弧状の海岸線。その海の中心には巨大な鳥居が立っている。
「ここ、遠浅でして、海に柱を立てて造ってるんです。」
猫実さんがノートの海をとんとんと指で叩く。
「厳島神社みたいな。」
「そう、それ。そのすごーく大きいのを、造りたいんです。」
猫実さんは大きく手を広げて、空中を見る。巧もなんとなく想像する。
「どうして、それを…?」
「夢で見たから…?」
猫実さんは首をかしげる。巧もそれ以上は、深掘りしようがない。しかし、だいぶイメージがはっきりしているのだから、とりあえず書いてみればいいのに、と思う。
「書けそうですか。」
「うーん、ものすごく大作で、書き終われない気が。この鳥居、世界の秘密を握っているんですよ。」
猫実さんが照れたように笑う。
「キャラクターも決まっているのにな。想像ばっかりで形にするのは駄目なんです。」
猫実さんが、そう簡単に、自分で「駄目」と言ってしまったことが、意外だった。そんなはずはないと、巧は励まそうとする。
「ストーリーはありますか。」
「あります、でも…。」
猫実さんはどんどん表情を暗くしていく。
「こわいです。」
「こわい…。」
猫実さんは、こくりとうなずいた。巧は何を言えばいいのかわからなくなる。
「白い紙がこわいです。」
「一番最初に書く時の?」
「でも、ノートに書いたり、作文の課題は大丈夫ですか?」
「はい、それはたぶん、書かなきゃいけいないから。」
さっきの勝浦の言葉を思い出す。書かなくてはいけないから書く、というのはやっばり猫実さんの気持ちではない。
「あの、巧さんが代わりに書いてくれませんかね。」
猫実さんがノートを巧の方に動かした。その途端に、違和感がよぎった。巧がそれを断ろうとすると、その手に猫実さんの手が乗せられた。
「おねがいします。できたら書いてください。」
猫実さんは、巧を見て頭を下げた。巧は息を呑む。その勢いに、自分の気持ちが吹き飛んでしまった。
「かわいそうなんです。この世界も、この世界に生きている人も、書かれなかったらなかったことになっちゃうんです。ほんとになんで私の中に生まれちゃったのかなって思うんです。書けないのになんで、って。」
猫実さんは、巧の手から手をはなして、もう一度自分のひざの上に置いた。そして巧の方に向き直って、改めて頭を下げた。
「どうしょうもないのはわかってますけど、こんなことを頼めるのは巧さんしかいません。」




