気持ちがあるから
「気持ちの問題や。でもこれは深い意味での気持ちの問題だ。浅野。」
勝浦は、何かに納得したようにうなずいた。気がつけばほとんどの生徒は下校して、廊下は空っぽになっていた。よく通る勝浦の声が朗々と響く。拓海はそのおかげで、余計なことを考えずに話に集中できた。
「気持ちがないから書けない、という話じゃないんだ。気持ちがあるから書けるという話だ。」
勝浦はメリハリをつけて、強調した。「気持ちがあるから、書ける。」
「つまりやな…。理論上は書くことなんて誰でもできる。ノウハウも山ほどある。でも、実際に書いてるヤツは絶対なんか書きたい理由があるはずなんやよ。」
勝浦の言葉を聞いて、しばらくして巧は理解した。今までの自分は猫実さんに対して、書き方を当てはめようとしていただけだった。気持ち次第で書くことはできるのだから、とその奥にある猫実さんの気持ちを省みていなかった。でも本当に大切なのは、方法じゃない。猫実さんが書く理由だ。それでも書きたいと思う理由だ。
「ありがとう。勝浦。分かったよ。」
「そうか、オレも浅野に言われてそう思ったんだけどな。」
勝浦は、ポンと巧の背中を叩いて、部室に向かっていった。後ろを向きながら巧の方に、ひらひらと手を振った。巧は手を振り返す。
巧は一刻も早く、ねこざねさんに会いたくなった。
今まで自分が、映画感想文を書かせたり、目の前でくるくる回って情景描写をさせたりするのは間違っていた。確かにそれは猫実さんを書かせることに向かわせた。ただ、猫実さんが書きたいものではなかったのだ、と思う。
「猫実さんはどんな小説が書きたいですか。」
その質問を抱えて、巧はお助け部に向かった。
どんな答えが帰ってくるだろう。考えるだけで、胸が高なる。もっと、そういう話をすればよかったと今更思う。あれだけ長く、部室にいたのに、巧は自分の小説を書いてばかりだった。隣で一緒に待っていた猫実さんのために、やっと何かをしてあげたいと思った。
何回も開けたことがあるはずの、部室のドアを目の前にして、なぜか少し緊張した。猫実さん直筆のポスターがセロハンテープでガラスの上に貼ってある。「お助け部」という文字のまわりに、丁寧に彩られた動物たちがニコニコと笑っている。平和な野原のイメージだ。猫実さんの息づかいまで感じられるようであった。まだ巧が入部していなかった頃、一人でこのポスターを書いている猫実さんをそ想像した。そのとたんに、胸に愛おしい気持ちがふわりと広がる。とつぜんにそうした気持ちに襲われて、自分はどうしたらいいのかわからなくなる。
もっと猫実さんを見ていたい。
そう思った。本人の前では絶対に言えないな、とも同時に思った。巧はもう一度、表情を正して前を向く。
前を向いたら突然ドアが開いて、猫実さんが立っていた。巧は驚いて何もいえなくなる。猫実さんも、ドアを開けたままぽかんとして巧を見ていた。




