浅野はどうして書いてんだ?
「気持ちの問題。なあ。」
勝浦と一緒に部活に向かうわずかな時間に、巧は望みをかけていた。休み時間にも、昼休みにも声をかけられない巧にとって、この廊下を二人で歩く時間が、勝浦と話すことができる唯一のチャンスだった。
「確かに、書く人、読む人は分かれるけど。書くようなヤツは最初からそうだと思うぜ。なんかの拍子でホイッと。」
勝浦は思いの外、真剣に考えてくれた。自分が疑問に思っていることが、心のどこかでは伝わらないのではないか、と不安だったのだ。
「文学部って、全く書けない人、入部してこないの?」
「うーん、そもそも入るからには最初っから書いてるか、書きたいと思ってるヤツだな。」
「勝浦も…。」
「ああ、先輩のためだ。」
勝浦はキッパリと言い切った。意外だった。自分だったら、「書く理由」をこんなふうにはっきりと言えるだろうか。
「夜桜先輩。」
「当たり前だろ。」
勝浦は巧の顔を見て、意気込んだ。鋭い目だった。
巧は気圧されて、何も言えなくなる。勝浦もそう言ったきり、それ以上は何も言わなかった。
いつも別れる地点に差し掛かった。巧は、気まずい思いを抱いたまま、勝浦に「じゃあ」と言いかけた。その時、勝浦がまた声を発した。
「浅野はどうして書いてんだ?」
巧は、その場で立ち止まって、勝浦を見た。自分が書いた小説はどこまで読んだのだろう。一瞬そう考えた。あの小説を書いた時の自分が考えていたことを説明しようとして、思いとどまる。勝浦の目は、今の自分を見ているからだ。
「はじめはただ、書いた物が形になって、誰かをはげましたりできればいいと思ってた。」
初めて原稿用紙のマスに一文字目を埋めた時の気分を覚えている。不安と、期待と興奮が入り混じった気持ち。誰にもいわれていないのに、百円ショップで原稿用紙を買った。一袋がすぐになくなった。次に店に行った時は、いくつも同時に買った。今までの自分の考えを、全部裏切るような気持ちだった。書いた瞬間から、全く知らない世界が広がると無知ながらも確信していた。
「でも、いろいろな人と関わるうちに、誰かのためになるってそんな単純なことじゃないってわかってきて…。」
声が震えたが、勝浦はじっと巧の話を聞いていた。
「でも、たぶん、書けることは自分の取り柄だから。書きながら、どうやって世界と関わればいいのか、今も考えてる…かな。」
首をかしげて、勝浦の様子を確認した。話しすぎて恥ずかしい。気持ちが高まって、手が震えているのがわかる。だから、巧は何もせずに、ただ待った。
勝浦は黙ったまま、巧を見ていた。巧の方はやがて自分から目をそらした。部活に向かう生徒たちが、二人のそばをよこぎる。巧はどうしたらいいかわからずに、その場でぎこちなく立っていた。こんな風に、考え込む勝浦を見るのは初めてだった。




