気持ちの問題?
巧は「はい。」と挨拶をする。リッカーは、つま先をぎりぎりまで立てて、上の方にある本を狙って手をのばした。巧は手伝ってあげようとしたが、おせっかいかと思って何もできなかった。結局、リッカーが本を取った後に、近くにあった踏み台を引きよせて、彼女のそばにおいた。
「どうぞ。」
「ありがと、さすがお助け部。」
リッカーは本から顔をあげて親指をぐっと立てた。
巧はそのまま立ち去ろうとしたが、猫実さんの顔が思い浮かんで、思いとどまった。
「あの、リッカー…さん。」
「ん?」
図書室で話すのは苦手だが、なんとか勇気を出して会話をはじめた。
「小説って書きますか。」
「ん、書くよ。まあ、今はだいたい詩だけど。」
「えーと、どうしたら書けるようになりましたか。」
「詩? 小説?」
「あ…小説です。」
「ふん、まあ、これとか読んで書いてみた。すっごく短くて下らないものを。」
リッカーは棚の本を指して言った。ライトノベルの書き方指南の本だ。下らない、という割には誇らしそうに笑っている。なんとなくその気持ちは、巧にもわかる。
「浅野くんって、書いてるんじゃないの。勝がほめてたじゃん。」
「いや、僕じゃなくて、書けなくて困っている人がいて。」
「あ、なるほど。ほかにも書く友達いたのね。その人は何、筆が止まってる感じ?思いつかなくて?」
「うーん。そもそも書き出せない、みたいな感じです。」
巧は原稿用紙の前で、じっと固まってしまう猫実さんを思い出す。石のように動かなくなってしまうのだ。言葉を発せなくなる呪いをかけられた人魚姫のようだった。それを見てから、巧のほうも無理に書かせるようなことはできない。
「小説って、文章さえ書ければ誰でも書けると思うよ。気持ちの問題じゃない?」
リッカーは重そうな大きなフレームのめがねをずり上げた。レンズの向こうの目は、大人しそうだが意見はきっぱりとしていた。




