昼休みの図書室で
夏休みのあいだ、ほとんど猫実さんのことと、小説のことしか考えていなかった。巧は書けば書くほど、学校で学ばなくては行けない物が、ときどき無駄に思えてきた。もし、一日中書くことに集中できたら、どんなにいいだろうと思った。しかし、授業がつまらないわけではなかった。現代文の文章の細かい言葉遣いに、作者の心配りが見えるようになった。理科や、歴史を元に物語の空想を広げると、新しい作品が書きたくなった。
ただ、今は自分が書いている物語に集中したかった。巧はねこざねさんと花火大会に行った時からずっと、それについて考えていた。
深い絆で結ばれた、男女の物語を書きたかった。どちらかと言えば恋愛小説になるのだろう。しかし、巧はただの恋愛小説を書きたくはなかった。そもそも、自分の猫実さんへの想いのほかに参照できる恋愛の例がなかった。そして、その想いも巧にとって恋といえるのかどうか、疑問だった。
ねこざねさんのことを考えると、なんとなく心が落ち着く。それだけではなく、明るい気持ちにもなる。そんなふうに巧の心を動かすのは、猫実さんだけだ。
夏休みが明けて再開しても、その気持ちは変わらなかった。本物の猫実さんの笑顔を見ると、やっぱり自分はこの人が好きなのだと思う。だけど、好きだからどうしたらいいのだろう。そこで、巧は立ち止まっていた。猫実さんの隣にいたい。そう思って、それが毎日のように叶えられる。とても幸せなのだが、それ以上、自分が何をしてあげられるのかがわからない。
昼休みに、ふらりと図書室に行ってみた。本を読む生徒は限られている。司書の先生とは、顔をお互いに知っているのだが、話したことはない。返すべき本を渡す。静かなので、本のバーコードを読み込む機械の電子音がはっきり聞こえる。
張り合うつもりはないのだが、他の人が書いた小説はあまり読まなくなってしまった。読めない、といった方が正しいかもしれない。読むと、今にでも自分の書きかけの物語を思い出して、本を閉じて書きたくなってしまう。素直に先人から、技術や語彙を学ぶことができたらいいのに、と思う。しかし、どうしても文学の棚に並ぶ背表紙にはなかなか手が出せなかった。
ふと、実用書のコーナーに差し掛かって、足が止まる。そこには、文章の書き方指南の本が並んでいる。猫実さんはこういう本を手に取ってみたのだろうか。巧は、小説の書き方マニュアルのような本を見つけて、手に取る。
見たとたんに、頭が痛くなる。自分の書いている小説に自信がなくなる。もし、間違った書き方をしてたらどうすれば良いのか。巧は、片目でおそるおそるページをながめる。書いてあることを信じればいいのかどうかわからない。
「あ」
声がした。小柄の女子が、巧の前の棚を見たそうにしていた。巧は、本を戻して道を譲る。
「こういう本、読むんですね。」
どこかで見たことがある、と思ったら、文学部のリッカーだった。




