静かな誓い
「どうしたら話しやすいですか。」
今日も電車の中では本を読む気になれなかった。猫実さんは隣で本を開いて読んでいる。
巧は猫実さんがさっき問いかけたことを、一人で考えていた。考えていても答えが出ずに、うやむやになってしまった。
「そういえば、映画の感想文書いてきました。」
考えるのをやめた途端、別のことを思い出した。夏休み前に、猫実さんと夜桜先輩と三人で観に行った映画だ。時間が空いてしまったが、猫実さんが文章を書くきっかけになればいいと、映画感想文を交換する予定だったのだ。
いろいろとすることがあって、話題にする暇がなかった。
巧は原稿用紙を出して、猫実さんに渡した。猫実さんは本を閉じてそれを受け取る。
「じ、実は私も。」
猫実さんは赤いノートを取り出して巧に見せた。ぱらぱらとめくり、目的のページを探す。猫実さんのメモや、イメージ図のうしろに、びっしりと文章が書いてあった。
「全くかけないわけではないんですね。」
むしろ、研究レポートと見まごうほどに、深い考察がされているように見える。
「はい。今回書いてみて、私も気がつきました。」
巧は電車の走行音の中から、猫実さんの声を必死に拾う。
「たぶん、気持ちの問題です。今回、書けたのは、書かないといけなかったから。巧さんに見せるために。あの、学校の課題とかは、きっちり書けるんです。今回もそのつもりで書きました。」
巧はノートに文章に目を走らせようとするが、一息に読める量ではない。気軽にエッセイ風に感想を書いてしまった自分が恥ずかしくなる。
「いや、今読まなくても大丈夫です。」
猫実さんが、手をひらひらさせて、巧の視線をさえぎった。巧はノートを閉じる。
「家でゆっくり読んでください。」
「はい。」
巧はそっと、猫実さんのノートを持ったままうなずく。
「じゃあ、これ、しまいますね。」
とわざわざ断ってから、カバンにノートを入れる。人のものを預かるのは少し緊張する。折れ曲がったりしないように、そっとファイルに入れた。
「小説を書くのは難しいですか。」
巧が聞くと、猫実さんは原稿用紙から顔をあげた。
「うーん。書こうとしても失敗してしまうんです。最後まで進めなくて。」
猫実さんはもどかしそうに、指を膝の上にのせたカバンの上で組み直した。巧もなんとかしてあげたいが、猫実さんの気持ち次第なので、どうしようもない。
「先輩が卒業するまでに、プレゼントしたいですね。」
「ええ。…そう考えると。『夜桜ファン』ってすごいですよね。読みました?」
「ん、まあ、ちょっと。」
巧はカバンに入れっぱなしにして、あまり読み進めていない。勝浦にすすめられて、所々読んだが、夜桜先輩のために書かれていると思うと、自分が読む意味を感じられなくてやめてしまった。
「あれって、一応先輩のために、毎月出てるんですよね。すごいな…。」
猫実さんの語尾がしぼんでいくのを聞いて、巧は胸が引き締まるのを感じた。
「今は、とりあえず来週のカフェを実現させましょう。焦らなくても大丈夫です。」
意気込む巧を見て、猫実さんはほっとしたように笑った。それを見て、巧は自分の言葉が役に立っているのを感じた。これからも猫実さんが落ち込んでいたら励まそう、と一人で誓った。




