それだけです
部室のドアをあけると、猫実さんがぱっと笑って「こんにちは。」と言った。
巧も「こんにちは。」返して座る。いつもより声が笑っていたような気がした。歩いていって、彼女の隣に座る。
猫実さんは、スケッチブックを広げて何やら書いていたようだ。巧はその内容の解読にかかる。中心に「お助けラジオ」と書いてある。そういえば、台本を用意したりする必要がある、と言っていたと思い出す。
夏休みが明けたら、お助け部の新しい活動として校内で放送されるラジオ番組を製作する予定だったのだ。どうしたら、お助け部の存在を生徒にアピールできるのかを模索している。
巧は猫実さんがじっとこちらを見ているのに気が付く。良い姿勢のまま、首を曲げて表情をうかがっている。
「ど、どうしました?」
巧はヘラヘラしながら頭をかく。
「何かついてるかな?」
ほおを意味もなく触っては手のひらをみる。特に何もついていなかった。その間ずっと、微動だにせず、猫実さんは考えこんでいる。
「うーん?」
巧の目をのぞきこんで、腕を組む。無遠慮な目線に巧はとまどう。
「猫実さん…?」
「巧さん、今日なんかあった?」
猫実さんが、口を少しすぼめて首をかしげる。
「いや、別に、普通…だと思うけど。」
巧の方は見つめ返すわけにもいかず、目を泳がせる。しかし、シンプルな部屋には特にながめるべきものはない。
「あ、わかった。もしかして、巧さん今日、お誕生日でしょうか?」
猫実さんは手をぽんと合わせて、ひらめいた。
「もう、別に隠す必要ないですよ。さりげなく言ってもらえればプレゼントも考えたのに。」
猫実さんは、ほおを丸くしながらにこにこと笑う。
「あ、いや…違います。」
猫実さんにつつかれながら、巧は誤解を解く。
「へ、違いました?」
猫実さんは、人差し指を立てたまま、水をうたれたように、真顔になる。
「うん、僕の誕生日は12月です。」
「あ、じゃあこれからですね。…でも、なんか今日の巧さんすごく嬉しいことあったんじゃないかな、って思ったんですけど。」
つくづく、猫実さんの勘はするどいと思う。同時に言いようもない気恥ずかしさが、こみあげてきた。ほおが熱くなる。赤い顔を見られているかもしれないと思うと、もっと恥ずかしい気持ちになる。
「今日、さっき勝浦と話したから。」
「へえー。」
「それだけです。」
巧はもう一度、正面を向き直した。となりで、猫実さんは言葉を探している。
「もう恥ずかしいので、いいです。これ話しましょう。」
巧は、じっとしていられずに、猫実さんのスケッチブックを指さした。
「うん、そうしましょう。」
猫実さんも、にこりと笑って巧の提案を受け入れた。




