声をかけたい!
おもむろに夜桜ファンをバッグから取り出した。別に、巧は先輩のファンだと自覚していないが、これを持つとその激しいピンク色に目がくらくらする。そして、いやでも教室で目立つ。巧は、それを机の上に置いて、教室を見回した。
勝浦はどこだ?
いつも最前列に座っているため、うしろをふりむかないと座席が確認できない。隣の柴田さんが、巧の不審な動きを察知する。
「浅野君、…どうしたの?」
周囲の目線が巧に集まる。後ろの席の二人も談笑をやめて、巧をみる。巧の手には狂気的なピンクの冊子が握られている。
「あ、それって夜桜ファン?」
名前の知らない真後ろの女子が指をさす。
「浅野君も、夜桜先輩のこと好きなんだね。意外だわ。」
久しぶりに休み時間に人と会話した。慣れない状況にほおが暑くなる。
「あ、勝浦君って知ってる?」
「勝…アイツどこ行った?」
うれしいことに巧と一緒に探してくれる。しかし、教室を見回してもいない。
「トイレかも。」
三十秒程で、結論に達した。
「うん。」
「……」
「……」
「てかさ、英語やばくない。」
「うん。それな。」
「藤原、宿題出しすぎだし。」
「今日、英1ある?」
「あるよ、五時間目。」
「だるっ。一番眠い時じゃん。」
「…」
巧は音を立てずにちゃんと前を向いて座り直した。
十分休みが終わるぎりぎりに勝浦は戻ってきた。巧は声をかけて良いかわからなくなった。机の夜桜ファンを見た。
彼の小説がとても面白かった。そう言うだけだ。もしかしたら、巧が書いたものを見たいと言うかもしれない。そのために、完成している手書きの小説を持っていった方がいいかもしれない。
巧の中で脳内シミュレーションが始まる。
思いきって席を立ったときには、金子先生が教室に入ってきた。
「はーい。国語の時間だよ。あ、浅野、何立ってんだ?」
金子先生は、出席簿を使って巧を銃で打ち抜くような仕草をする。仕方なく、巧は席につく。巧が座った瞬間、委員長が「起立」と号令をかけた。巧は高速でスクワットすることになり、足がつりそうになった。




