『桜侍悪を斬る』
「ふいー。」
猫実さんが思いっきり脱力して、かたい椅子にもたれる。嵐の後のような疲労感と、静けさがあたりに漂った。ピンク色の小冊子が猫実さんの机の上に残されている。猫実さん用の夜桜ファンだ。
「アツかったですね。」
猫実さんは、ひたいの汗をハンカチでぬぐう。勝浦は、あのあと、猫実さんのお助け部の理念に感激して、しばらく応援の言葉を述べ続けた。猫実さんの言葉に一字一句うなずいて、ノートにメモまでしていた。…それにちゃんと応える猫実さんも猫実さんである。勝浦の質問がなくなるまで全部律儀に対応した。
それをみている巧の方が暑苦しかった。何もいえずに二人の応酬を首を交互に振って追いかけるので精一杯だった。
巧は目の前に置かれた「夜桜ファン」をぱら、とめくる。ちゃんと目次もあって製本もしっかりしている。こういうふうに自分たちで本を作ることができるのか。と感心する。何か特別な人じゃないと手が届かないものだと思っていた。
『桜侍、悪を斬る』
というタイトルの下に勝浦勝としっかり印刷されていた。
「ふーん。」
巧はそのまま読み進める。
夜桜先輩と直接関係はなさそうだけど、ちゃんと文章がしっかり整っている。
時代劇だ。
そして、たぶん、江戸時代。桜花光一郎という侍が主人公。彼は若くも町の治安を守る役目を任されていて、日頃、悪事を取り締まっている。真っ直ぐで人情にもろい性格で、町の皆から桜侍と呼ばれ親しまれている。王道の主人公といった風だ。
どうやら彼は、町の商人の娘に恋をしている。裕福な家で、他の商家との縁談も進んでいるようだ。桜侍は、高嶺の花だとは知りつつも、彼女に好意を伝えようとする。
「面白くないですか。」
猫実さんが感心して言う。
巧も文句なくうなずく。確かに、しっかりした設定と物語できちんとまとまっている。
「さすが文学部ですね。悪を斬る、というストーリーと恋愛をちゃんと両立させて書いてる。…すごい。」
巧は作る側の視点に立って感心した。
「これって毎月…ですよね。9月号ってあるから。」
猫実さんはピンク色の表紙をもう一度見返す。」
「毎月か…。毎月一話を作っていたらもう慣れたような感じですよね。」
「はい。勝浦さん。なかなかやりますぞ。」
猫実さんが腰に手をあてて、こくりとうなずいた。




