表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリエイト!(その3)  作者: 大塚
夏が始まる
27/118

甘い苦い思い

 コーヒーに口をつけると、冷たくなっていた。冷めた苦味の中に少し甘い味がする。マグカップに残っているのを、そのまま全部飲み干した。先輩のグラスは大してあまり減っていない。

 「小説を書くことって」

 巧はそう言いかけて、次に来る言葉を見失った。

 先輩も黙って、カウンターに肘をひっかけてグラスを口に運んだ。

 巧は、もう一度外の景色を見た。どう、描こう。

 あの歩いている人は、何を考えている?

 あのイヤホンをつけて誰かを待っている人は、どんな曲を聞いている?

 あのタクシーの運転手はどんな人なのだろう?

 空は、深いところが濃くなっている。

 雲が切れきれに、浮かんでいる。

 隣に座っている先輩が、少しつぷやいた。あまりにも、小さな声だったから聞き取れなかった。彼女は、本当に楽しいという気持ちでカウンターの向こうの景色を見つめている。そのまた向こうの、彼女の心の中にある世界を見つめているのだろう。先輩のグラスは大してあまり減っていない。

 「小説を書くこと」

 先輩は呟いた。巧は、聞き取れなくて首を傾げた。

 「小説を書くこと」

 先輩ははっきりと言い直した。何かを諭すように。巧はその黒い目を見つめた。先輩はなぜか、続きの言葉をなかなか言わなかった。巧は、それでいいのだと思った。続きなどわかるはずがない。そう直感していたのだ。自分は、その先にある言葉が知りたくて、試しているのだから。


 「そういえばさ。」 

 「はい。」

 もう一度集中して、巧は背筋を正して先輩の方に体を回した。

 「君、今度ネコと花火観に行くって言ってたよね。」

 先輩は、鼻歌を歌うように笑った。巧は一気に顔が熱くなる。

 「それがなんか、自分にあってるかよくわからなくて。」

 隠そうとして、とっさに出た言葉がおぼつかない。

 「自分に合わないって、どういうこと?」

 そう返されて、何もいえないことにさらに頭が熱くなる。首筋が痺れて、鼓動が早まるのを感じる。今更、人が誰かを思って顔が赤くなったり、ドキドキしたりするのは本当のことなのだと思う。巧は、ついに何も言えなくなって先輩の目に射抜かれたまま、口を動かす。声が上手く出なくて、言っても届かない。先輩は、巧に向き合うように体を回す。膝と膝が少しぶつかる。先輩はカウンターに置いてあるグラスをストローで一口飲んでから言った。ストローを咥える横顔が、残像のように目に焼き付いた。

 「君、ネコのことどう思ってる」

 「えっ」

 聞き逃したわけではない。ただ、率直にすぎる物言いに気圧される暇もなかった。

 「猫実さんのことですか」

 先輩は何も言わずに、少し唇をすぼめてうなずく。言えば言うほど息苦しくなってくる。

 「好き、です。たぶん・・・」

 やっと本当のことを言ったのに気持ちよくもなんともなかった。その代わり、鋭い耳鳴りが頭を貫いては去っていった。

 「たぶん、じゃなくて解りきっていることだが。」

 先輩は目を逸らさずに言った。巧は喉のおくで変な声がでた。

 「どういうふうに好きなのか、聞きたいな」

 めまいがする。コーヒーを飲んだのにどっと眠気と体の重みが吹き出してくる。

 「ちょっと顔赤いよ」

 先輩が手の平で、頰を触ってくる。冷たい感触に、反射的に体が反応する。

 「やめて、やめてください。」

 巧は、丸椅子の上で必死に身をよじる。

 「なんなんですか、もう・・・」

 やっと逃れた巧は、カウンターに突っ伏してため息を吐く。ちょっと目が熱くて

涙がでた。先輩に何も言わなければよかった、と今更後悔する。悔しさがこみ上げてきて唇をかんだ。悔しい気持ちになるのだと、自分でも初めて知った。ずっと猫実さんのことを考えていた。それは、巧の頭の中だけのことだった。だから、いくらでも考えることもできたし、悩むこともできた。でも、先輩にいざ言うと、我に帰って何もできていない自分が情けなく思えてくる。現実の猫実さんのことを全く、考えられていないかもしれないと怖くなる。

 「巧。どうしたの」

 先輩の心配した声が頭の上から届く。息を吸うと、思ったより肺が震えて、ぐすん、と声が出た。でも、俯いたままだと、ちゃんと会話ができないので顔をあげる。自分でうまく制御できない呼吸を、これまで出したことのないほどの必死さで押さえつけた。当然、体は言うことを聞かなかったし、何度も泣きべそが漏れた。

 「泣かせちゃった?」

 「せんぱいのせいじゃありません」

 もしここがカフェでなかったら、先輩の胸に飛び込んで泣きたいところだった。自分が自分にしかわからない理由で、泣いているのが悲しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ