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クリエイト!(その3)  作者: 大塚
夏が始まる
23/118

第一回! お助けラジオ

 金子先生が大げさなロックを押し下げる。分厚い防音室の扉が音もなくゆっくりと開いた。どこかで嗅いだことのある匂い。音楽室のあの薄い布でできた絨毯のような匂いがする。中は薄暗く、小さな窓から外の日差しが入る以外の光源はない。もう一つ扉を開けると大きなガラスの目の前に、様々な意味を持つボタンが台の上に並んでいた。巧が猫実さんを見ると、息をのんで金子先生の言葉を待っている。目は輝いていて、わけもなく真剣である。巧には、何に真剣になればいいのかわからない。

 「これを押すと、学校全体に声が流れる。」

 金子先生の言葉に、身がすくむ。突然、心臓の動きが早まって手に汗が滲んでくる。心なしか、お腹のそこも冷えて、痛くなってきた。猫実さんは、黙って金子先生の説明を聞いている。

 放送室に入るためには、かなり厄介な手続きがあった。金子先生に言っただけではダメで、放送部の顧問の先生や校長先生にも説明しなくてはいけなかった。その度に、猫実さんが「お助けラジオ」の説明を彼女なりの言葉で懸命にしていたのが耳に残っている。おかげで、申請書は巧が書くことになったのだが、スラスラと猫実さんの考えていることを紙に移すことができた。やっと許しが出て、今こうして放送室にいる。

 「まあ、今日は学校に誰もいないから、練習といっても話す練習ぐらいだけど」

 「はい。」

 猫実さんが、コクリと頷く。

 「巧さん、お話ししましょう」

 猫実さんは、机の下から丸いすを引き出して早速、話す準備に入った。金子先生は、奥に備えられているソファに軽く腰掛けた。巧は、二人の表情を確認してから猫実さんに向き合う形で、席に着いた。心が、状況についていかない。話す練習って今更何をするのだろう。猫実さんの目を見ると、オレンジ色の照明の光が写って光っていた。

 「えーと、では」

 猫実さんが咳払いをする。巧は思わず、姿勢を正して座り直す。

 「第一回、お助けラジオを始めます。」

 「いえーい」

 金子先生が、パチパチと嬉しそうに手を叩く。

 「第一回の相談者は、巧さんです。」

 「ええっ」

 「いえーい」

 巧は、赤くなって二人を見直す。どうやら逃げ場はない。

 「今回の相談は何でしょう」

 猫実さんは、巧に見えていない何かが見えているかのように、首をかしげる。

 「えっと、これ始まってるの?」

 「はい。」

 「うーん」

 「・・・」

 「・・・」

 考えているうちに、沈黙が降りてくる。これラジオだったら絶対放送事故だろう。巧は、焦りに身を任せて言葉をひねり出す。

 「実は、私、遊ぶのが苦手なんです!!」

 「・・・」

 猫実さんは、少し巧の勢いに気圧されて黙った。巧は、自分の発言に後悔した。

 「た、巧さんの一人称って「私」でしたっけ」

 声が空回りするように、わずかに震えている。巧の方にも緊張が伝播してきて、思っていることが言えなくなる。奥で金子先生が笑いを堪えるように震えている。

 「いや、すいません」

 首筋が燃えるように熱い。耐えられなくなって巧は俯く。

 「カットォォ!! なんだ君たちは。全然はお悩み相談になってないぞ。」

 金子先生がたまらず立ち上がる。

 「すいません。」

 巧は、全身が重くなって机に突っ伏した。

 「疲れました。小説書くより頭使うんですけど・・・」

 「あの巧さん。」

 猫実さんが、巧の肩を揺さぶる。

 「原稿、作りませんか。」

 巧は、何とか身を起こして、猫実さんの顔を見る。

 「いいんですか」

 「それがいいと思う」

 金子先生も、頷く。

 「生放送って全部アドリブかと思っていたんですけど。」

 「そんなことないよ。みんな練習してる。」

 「知らなかった・・・」

 巧は、驚くが、少し安心する。座り直して、金子先生の声に耳を傾ける。

 「あと、普通に話すみたいにラジオで話したらダメだ。聞いている人は、君たちの声しか情報がないのだから。声も普段よりはっきり、沈黙もNG。」

 「話し方も練習しなきゃですね」

 猫実さんが、しんみりと膝に手をのせる。

 「台詞だけで、小説を書く感じ?」

 「そうだねぇ。君は何でも小説で考えるんだ」

 金子先生がクスクスと笑う。

 「いや、原稿書くなら、小説の練習になるかなと思って。」

 「あ、私も一緒に書きます。」

 猫実さんが軽く手をあげる。表情は柔らかく緩んでいる。巧もつられて、頷いた。

 「あの、話し方なんですけど、放送部の方に教わるのはどうですか。」

 猫実さんが、金子先生を見上げて言った。前髪がさらりと額から滑り落ちる。

 「いいと思うけど、夏休みが終わってからだね」

 「はい」

 猫実さんは、返事をすると巧の顔を伺った。

 「巧さんも練習ですよ」

 猫実さんが、目を細めてゆっくりと笑った。笑顔が向けられたことが、嬉しくて巧は否定できなかった。

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